46.
椅子に座り、セドリックを間近で見る。
外見からは大きな怪我をしてるようには見えないが上着の襟元から白い包帯が見え隠れしている。
アンドリュー曰く、アンドリューの的確な手当てと、セドリックの強靭的体力と、常軌を逸した精神力のおかげで生きながらえていて、普通の人なら間違いなく出血多量で死んでいたらしい。
だから、こんなところで胸躍らせてる場合じゃない!
自分を奮い立たせるために、顔を上げる。
灰色の瞳と目が合った。
開きかけた口が、止まる。
「....来てくれたんだな」
セドリックの声に、わたしは小さく頷く。
「体調は大丈夫か?どこか不自由なところはないか?」
自分のほうが重症なのに、わたしの心配ばかり。
これじゃあどっちがお見舞いに来てるのか、わからなくなる!!
「あ、あの...」
意を決して、声を上げる。
「た、助けに来てくれて、ありがとう...。でも、その...」
歯切れが悪く、言葉が詰まる。
「わたしの、せいであなたに大怪我を負わせてしまったわ...。ごめんなさい...」
全部、わたしの軽率さが招いた結果だと思うと、居た堪れない。
アンドリューからも軽率に行動しすぎって呆れられていた。
だから、謝りたかった。
「....君が、謝る必要はない」
セドリックの反応は予想通りだった。
「...でも」
「それに、わたしは自分の選択に後悔はしていない」
真っ直ぐ、揺るぎない瞳だった。
胸が小さく締め付けられる。
「...でも、本当に死んでたかもしれないじゃない...!!」
絞り出すように出た言葉に自分でも信じられないぐらい震えている。
「...ずっと、怖かった...。もし、あのままセドリックが死んじゃったらどうしようって...」
順調に回復していることはわかっている。
でも、もし本当に死んでしまったらと考えると、息ができなるぐらい苦しくなる。
「だから、お願い...。もう二度と、あんなことしないで...。...わたしを、生かしてくれたあなたが、わたしのために死ぬなんて、絶対にいや...」
涙が出そうなのをぐっと堪えて、鼻を小さくすする。
「......それは」
目を伏せて、言い淀むセドリックを小さく睨む。
「...出来ないんだったら、もう二度とセドリックと口を利いてあげないんだから」
頬を膨らませ、腕を組み、そっぽ向く。
子供っぽい牽制だが、アンドリューには効果てきめん、百発百中である。
しかし、相手はアンドリューではなく、セドリックだ。
こんな子供騙しが通用するか心配になり、横目でセドリックの様子を見る。
真剣な表情で、ものすごく考え込んでいる。
そして、暫く考え込んだ後に、とても不服そうに顔を顰める。
「.....わかった...。....努力、しよう....」
「本当に!?よかった!!」
噛み締めるように出た言葉は明らかに本意じゃないことが聞き取れる。
でも、言質は取ったので、満足したわたしは再度セドリックに向き直る。
「....そのかわり、わたしの頼みも聞き入れてほしい」
「...頼み?」
反射的に聞き返す。
「先日の別れを、撤回してほしい」
予想外の言葉に思わず首を傾げる。
あー...そういえば、そうだった...。
でも、そんなの気にしないでって簡単に言えるほど軽い気持ちで決心した別れでもない。
だから、非常に答えに困る。
首を傾げ、悩んでいると、セドリックが続ける。
「撤回が難しいなら、せめて再考してほしい。あの時は、君の意見を尊重して受け入れたが、納得はしていない」
意外と食い下がってくるセドリックに、若干圧倒されつつも、わたしは首を縦には振らなかった。
二人の間に沈黙が流れる。
気まずいが、わたしは口を閉じたまま。
そんなわたしの態度に痺れを切らせたのか、セドリックに手を掴まれる。
そしてそのまま手を握ったまま、悩ましげな視線を送ってくる。
「アンナ...。君との別れは、わたしにとって受け入れ難い。もし、まだ再考の余地があるなら、考慮してほしい」
「ふぇ....」
熱量が凄まじく、変な音が喉から漏れる。
セドリックから向けられる視線がやけに熱っぽい。
何か、嫌な予感がする。
「アンナ、君はわたしの特別だ。
ただ、あの時は自分でもよくわからないまま言葉にしていた。
今なら、はっきりとわかる。
わたしは、君をあい...」
「わあああああああああああ」
大声を上げ、咄嗟にセドリックの口を手で塞ぎ、言葉を遮る。
セドリックが驚いて、目を丸くしてる。
「わかった!!わかったから!!!撤回する!!撤回するから!!!」
もうこれ以上言わないでほしい!!
言わんとしていることはもう十分にわかっているが、まだ受け入れる準備が出来ていない。
「でも、その今、言おうとしてることは...もう少しだけ胸の内に閉まっていてほしいの...」
口を塞がれたまま、セドリックが首を傾げる。
「その、あの...今じゃないから!!今は、まだ、だめ!!」
意味不明な言動をしているのは重々承知だが、そんなの考えている余裕がない。
納得しているかわからないが、セドリックが頷く。
その反応に安堵し、指の力を緩める。
すると、右手を掴まれる。
ゆっくりと掌をなぞるように指を這わせ、指先を触れるように優しく掴む。
一つ一つの動作がゆっくりで、目を離せないでいると、動きが止まる。
そのまま、何かを確かめるように、わたしを見つめた。
「それでは、時が来たら.....その時はわたしの気持ちを君に伝えよう」
そして右手の指を軽く唇に押し当て、口付けをした。
すぐには離さず、指先を包むように支えたまま、静かに目を細める。
もうダメかも...
心臓が飛び出そうな勢いで高鳴っている。
これ以上はもう受け止めきれないと、手を引き抜こうとしたその時
「セドリックーーー!!今日も来たよーー!!」
病室の扉が何の前触れもなく勢いよく開いた。
アンドリューが迷いなく部屋に入ってきて、一瞬動きを止める。
視線がセドリックと繋いでいる手へと下がった気がしたが、すぐに距離を詰めてきて、そのまま抱きついてきた。
「アンナー!!久しぶり!!会いたかったよ!!」
「...さっきまで一緒だったでしょ。てか、あなた付けてきてたでしょう」
あまりにも入ってくるタイミングが良すぎる。
顔を擦り寄せてくるアンドリューを軽く睨むと、とぼけたように首を傾げる。
「何のこと?」
絶対にわざとやってる!!
すると今度は間髪入れずに、廊下から聞き覚えのある高笑いが聞こえてきた。
そして、また扉が勢いよく開く。
「俺が、来てやったぞ!!」
「病棟ではお静かに、王太子殿下」
リチャード王太子殿下が、看護師に注意されながらも部屋に入ってくる。
「むっ、なんと!双子がいるではないか!」
セドリックの他に、わたしとアンドリューの姿を確認すると、大股で近付いてきた。
顎に手を当て、わたしとアンドリューの顔を交互にじっと見てくる。
「ふむ、やはり見れば見るほど、そっくりだな」
「もぉー、リチャード。当たり前でしょ、僕とアンナは唯一無二の双子なんだから」
アンドリューが頬を更に擦り寄せてくる。
しかしリチャード王太子殿下は納得しないまま、もう片方の手を腰に当てる。
「しかし、フレデリカが二人は全く似ていない、俺の目が節穴だと言ってきたんだぞ。完璧な俺の目が、節穴であるはずがない!!!が、今の俺ではお前たち双子の違いがほとんどわからん!!」
拳を握りしめ、奥歯を噛み締め、本気で悔しがってるように見える。
何、言ってるんだ、この人....
突然わけの分からないことで騒ぎ出すリチャード王太子殿下に呆気にとられる。
すると、さっきまで静かだったセドリックが小さく笑った。
「...珍しく、王女殿下と意見が合いました」
「なにぃ!?お前も俺の目が節穴だと言いたいのか!?」
王太子殿下が、セドリックに詰め寄る。
「いえ、節穴とまでは。視力が衰えたのでは、ないでしょうか」
「そんなはずない!!俺の目は、王都より遥か遠くを見通せるほどのものだぞ!!」
「リチャード、それはさすがに盛りすぎー。それだと、鳥じゃん」
アンドリューとリチャード王太子殿下が来たことによって、空気が一変した。
なんか楽しそうにお話してるから、そろそろお暇しようかしら。
未だにセドリックに掴まれている右手を引き抜こうとすると、掴まれる力が強くなる。
まるで、逃がさないとでも言うように。
驚いて顔を上げると、リチャード王太子殿下と会話しているはずのセドリックと視線がぶつかる。
そのままゆっくりと、指と指の間に這うようにセドリックが手を絡めてくる。
あまりにも艶めかしいその動作に、顔が真っ赤になり、俯く。
えっ、待って。
告白されていない状態で、これだったら、セドリックの気持ちを受け入れたらわたし、どうなっちゃうの!?
こんなの、絶対に身が持たないよ...。
結局、お見舞いの時間が終わるまで、その手が離されることはなかった。
そんなわたしたちの様子を見ていたアンドリューが内心ドン引いてたのはまた別の話。
(いや重っ……)




