42.
破壊音とともに、ガラスの破片が部屋中に飛び散る。
風の流れが変わり、流れに向かって振り向く。
部屋の奥、破られた窓の前に人が立っており、その人物の姿に一瞬、思考が止まる。
そこに立っていたのは、見間違えるはずのない顔だった。
この世にいるはずのない、ずっと会いたかった双子の兄、アンドリューがいたのだ。
わたしの視線に気付いたアンドリューは、何食わぬ顔で手を振ってくる。
「やっほー、アンナ。久し振り。元気してた?」
「....な、んで...」
状況がまったく理解できず呆然としていると、後ろから男のくぐもった声がした。
振り向くと、部屋の中央で、大柄の男がもう一人の見知らぬ男に床へ押さえつけられている。
「アンドリュー、こっちは済ませたぞ」
男が、そう声掛けすると、アンドリューは調子よく返す。
「さっすが、ナイターくん。頼りになるー」
「茶化すな、早く終わらせろ」
「はいはい、わかりましたよ」
アンドリューはわざとらしくため息をつくと、ベッドの上に座りこんでいるベアトリクスに向かって、歩き出した。
「....アンドリュー・グランヴィル!!!」
ベアトリクスの声に、露骨な動揺が滲んでいた。
そんなベアトリクスにアンドリューは笑顔で対峙する。
「久し振り....。いや、初めましてかな?」
「お前...、あの時、確かに死んだはず...!!!」
「あぁ、あれね。...ダメだよ、ちゃんと死体は確認しないと...、じゃないとこんな風に生き返ってくるんだから」
相手を煽るようにアンドリューは体をくるりと回転させる。
ベアトリクスは唇を噛み締め、顔を歪ませる。
しかし、すぐに取り繕うように笑顔を見せた。
「少し予定が狂ったが、問題ない。ここでお前も一緒に死んでもらえばいいだけだ」
「もぉー、わかってないな!何もしないでノコノコと出てくるわけないじゃないか!」
その言葉に、ベアトリクスは一瞬動きを止める。
そして、すぐに焦ったように声を張り上げる。
「おい、誰かいないのか!!おい!!」
応答はなく、沈黙だけが流れる。
「...くっそ...」
怒りを露わにしたベアトリクスが、ベッドのシーツを強く握りしめる。
「少し派手に動きすぎだね、お嬢さん?」
全て見透かしたような瞳でベアトリクスを見下ろすアンドリューは、からかうように笑ってみせた。
久しぶりに見たその表情に、懐かしさを感じると同時に少しだけ怖いとさえ思ってしまった。
「...アンドリュー・グランヴィル!!!!」
ズボンのポケットからナイフを取り出したベアトリクスは怒りのまま破られた窓の前に立つアンドリューに向かって走り出す。
ナイフを向けられているというのに、へらへらと笑いながら微動だにしないアンドリューに思わず声を上げそうになる。
しかし、後数センチでナイフがアンドリューに届くというところで、先ほどナイターと呼ばれていた男性がベアトリクスを後ろから腕を捻り上げ、取り押さえた。
「助かったよ、ナイターくん」
「お前な...」
「怒らないでよー。ほら、僕って非戦闘要員だから荒っぽいことは任せようと思って!」
まったく緊張感なく言い訳するアンドリューにナイターは呆れたように大きくため息を吐いた。
「...くそっ!!お前さえいなければ、お前さえ...
!!」
取り押さえられたベアトリクスは恨み言を吐きながら、藻掻いている。
アンドリューはそんな彼女に見向きもせず、こちらに近付いてきた。
「アンナーー!!!お待たせーー!!今までさみしい思いさせてごめんねー!」
いつもの調子で、何事もなかったかのように満面の笑みで大きく手を振ってくる。
わたしを抱きしめようと腕を伸ばしてきた。
その瞬間、思いっきりその頬に平手打ちを食らわせた。
鈍い打撃音が響くと、一瞬だけ部屋が静かになる。
突然殴られたことに理解できていないアンドリューの間抜け面に向かって叫ぶ。
「...こんの、馬鹿アンドリューーーーー!!!!!」
一応病み上がりの体で叫んだおかげで、少しだけ目眩がしたが構わず続ける。
「なんで、もっと早く出てこないのよ!!!どうせ、あなたのことだから、自分が一番カッコよく見えるタイミングで出ていきたいとか駄々をこねたんでしょ!?本当に、信じらんない!!!」
怒りに任せ、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすようにアンドリューにぶつける。
叩かれて赤くなった頬を抑えていたアンドリューは、納得いかないのか顔を顰める。
「そんなわけないだろ!!!僕だってセドリックが斬られる前に出ていきたかったさ!でも、アンナが突然転んで、そのまま斬られて、こっちだって驚いてるんだから!!!」
「何よ、わたしが悪いっていうの!?」
「そんなこと言ってないじゃないか!!!こっちの事情も少しは汲んでくれって話で....」
「今まで散々それを無視してきたあなたが言うの!?」
再会早々、兄妹喧嘩が始まる。
こんな場合じゃないってわかっているが、久しぶりに怒りの沸点が振り切れてしまっているため、止まらなかった。
「.......ドリュー...」
か細い声が聞こえ、喧嘩を中断し、2人してセドリックに向き直る。
息も絶え絶えで声を出すのも苦しそうなセドリックがアンドリューを見上げている。
「...アンド、リュー...、生きて、たのか...」
「うん、ごめーんね。内緒にしてて」
まったく反省してない様子のアンドリューを見て、セドリックは安堵したように目を細める。
「そ、うか....、よかっ、た...」
自分のほうが命の危機だというのに、アンドリューの生存に喜ぶセドリックの姿に涙がまた溢れ出てくる。
そんなセドリックにアンドリューは何とも気の抜けた笑顔を向ける。
「...ほんとっ、君ってやつは、...とんだお人好しだね」
珍しくアンドリューが大きく息を吐く。
そして、腹をくくったように顔を上げ、腕まくりをした。
「ナイターくん、使ってない包帯とか、あるだけ全部こっちに頂戴」
指示を出しながら、床に倒れたセドリックの傍らに膝をつき、慣れた手つきでセドリックの服を破く。
服の下から、血を吐き続ける生々しい傷口が出てきて、見ていられないのに、目が離せない。
セドリックが未だに命の危機に瀕してるということを目の当たりにし、恐怖で体が小刻みに震えている。
震える指に、そっと別の温もりが重なる。
顔を上げると、セドリックと視線が重なる。
「……すまない……怖い、思いをさせた……」
「...セドリック...!!わたし、大丈夫だから...!!もう、何も...」
声を出すだけで苦しそうなセドリックに、何もしてあげられない自分が嫌になる。
「大丈夫だよ、アンナ」
セドリックの手を握りながら、俯いていると、アンドリューが余裕ありげに声を上げる。
「僕が、絶対にセドリックを死なせないから」
どこからそんな自信が出てくるんだろう。
でも不思議と、胸の奥にこびりついていた恐怖が、わずかにほどける。
「...うん」
双子の兄の言葉に、わたしは小さく頷いた。
・
「セドリック様!!ご無事でしょうか!!」
屋敷の外で待機していた近衛兵が、窓の割れる音を聞きつけ、勢いよく部屋に突入する。
しかし、目に飛び込んできた光景に、思わず足を止めた。
血だらけで倒れているセドリックの傍らで、よく似た顔立ちの男女が言い争っている。
「だーかーら!!!何度言ったらわかるんだい!?僕は別にアンナが悪いなんて、一言も言ってないだろ!?ただ、少し行動が軽率すぎるって...」
「つまり、何も考えずに突っ走ってるって言いたいんでしょ!?人が今までどんな思いでいたかなんて考えもしないくせに...」
「それはもう謝ったじゃん!!!」
「あれで、謝ったって言えるの!?」
激しい口論とは裏腹に、男は慣れた手つきでセドリックの脇腹の傷に手当てを施し続けている。
女も言葉を荒げながら、その手元を的確に支えていた。
さらに視線を奥へ向けると、もう一人の男が、大柄の男と小柄な女を床に押さえつけ、縛り上げている。
その傍らで、呆れたように兄妹の様子を眺めていた。
あまりに異様な光景に、一瞬思考が追いつかない。
だが、はっと我に返り、近衛兵はセドリックのもとへ駆け寄った。
その後、駆けつけた応援によって、セドリックは担ぎ出されていった。




