39.
「...珍しいものを持ってるね、アンナ」
少しの沈黙の後、ベアトリクスがロケットの中の花びらに興味を示した。
「この毒はね、面白い毒性を持っていて、摂取したらすぐに吐き気や呼吸困難になるけど、効果は遅効性でじわりじわりと体内を毒で犯していくものなんだ」
見ただけで毒性までわかるとは思っておらず、内心少し焦る。
目を伏せて花びらを見ていたベアトリクスの瞳が、わたしの瞳を見つめてくる。
「...あの男が用意したってことは、解毒剤も一緒に入ってるだろう?」
その言葉に、息が止まる。
まるで全て見透かされているようだ。
わたしは、震える手で花びらの下に隠れていた、毒の解毒剤である錠剤を取り出し、机の上に置いた。
最初から、解毒剤を使うつもりはなかったけど、まさかバレているとは思わなかった。
「やっぱりね。あの男が、そう簡単に君を死なせるわけないと思ってはいたよ。例え君が毒を飲んだとしても、死の恐怖に耐え切れず解毒剤に手を出すところまで想像してるなんて、本当に厄介な男だったよ」
確かにこれを渡されたときに、同じようなことをアンドリューに言われた。
あくまでこれはお守りだから、本当に死にたくなったときに使えばいい。
でも、怖くなったらいつでも逃げていいんだよと。
受け取った当初は、何を言ってるんだろうと理解できなかった。
けど本当にその通りになっているのだから、アンドリューはわたしのことをわたし以上にわかっていた。
そして怖いのは、ベアトリクスはわたしだけではなく、アンドリューの思考も完全に読んでいたということだ。
改めて目の前にいる彼女の得体の知れなさに心臓が掴まれるような恐怖が全身を襲う。
このまま賭けを持ち込んだとしても、彼女が応じてくれる可能性はかなり低い。
でも、何も言わずにはいられなかった。
「...この毒を使った、賭けをしましょう」
ベアトリクスは何も言わない。
ただ黙って、わたしを見ている。
「まずわたしが2つあるうちの1つのティーカップにこの花びらを入れるの。もう片方には茶葉でも入れとけば、見た目ではわからないはずよ」
乾燥した花びらと茶葉を机の上に並べ、見た目に差異がないことを確認してもらう。
「そして、あなたがその中に紅茶を淹れて、ティーカップを好きなように入れ替える。そしたら、わたしとあなた、2人ともどっちに毒が入ってるのかわからないでしょう?」
「....確かに、そうだね。それで、命を賭けてまで君が望むものはなんだい、...アンナ」
わたしは息を静かに吐いた。
「ベアトリクス、あなたが勝ったらそのままわたしを見捨てればいいし、セドリックも殺して、戦争でもなんでも起こせばいいわ。だけど、もしわたしが勝ったら...」
心臓の音がうるさい。
今にも吐き出しそうになるのを必死に堪える。
「全部、諦めてほしいの」
ベアトリクスの目を真っ直ぐ見据える。
わたしとベアトリクス、どちらも視線を外そうとしないまま時間が経っていく。
「...ふっ」
最初に動きを見せたのはベアトリクスだった。
口元を緩ませ、堪えるように笑っている。
「ふははは。アンナったら、可愛いね。そこまでしてセドリック・レッドフィールドを死なせたくないんだね」
ひとしきり笑った後、ベアトリクスはもう一度わたしに向き直る。
しかし、その目は少しも笑っていなかった。
「でも、残念だったね。僕は、その賭けやるつもりはないよ」
やっぱりか...。
僅かな可能性に賭けてみたが、やはりベアトリクスは一筋縄ではいかない。
「わざわざそんな賭けしなくても、僕たちはセドリック・レッドフィールドを殺すし、王太子も殺して、この国を戦地にする。賭けをするならこちらにもメリットがないと」
ベアトリクスの言い分は尤もである。
下唇を噛み締め、俯く。
でも、わたしが差し出せるものでベアトリクスが満足するものなんて...
..........あった。
顔を上げ、もう一度ベアトリクスと向き合う。
そして、満面の笑みを彼女に向ける。
「ベアトリクス、あなた悲劇はお好き?」
ベアトリクスがその言葉にわずかに反応する。
拳を強く握りしめる。
少し震える唇で躊躇いを見せないように、続ける。
「...愛に打ちひしがれる男の悲劇、見てみたくない?」
その瞬間、無表情だったベアトリクスの顔が少しずつ表情を出していく。
今まで見たことないぐらい瞳を輝かせている。
そして、口角を上げ、愉快そうに笑った。
「アンナ、君ってやっぱり最高だね」
・
机の上に紅茶が入った二つのティーカップが並べられている。
一つには毒の花、もう片方には茶葉が沈んでいるがどっちがどっちかは見分けがつかない。
「アンナ、好きな方を選んでいいよ」
目の前に座っているベアトリクスが余裕そうな笑みを向けてくる。
壊れそうなぐらい脈打つ心臓の音に耳を傾けながら、震える手で手前側のティーカップの柄を掴む。
ベアトリクスはもう一つの方を自身の口元まで持ち上げる。
紅茶からの湯気で、口元がよく見えない。
「それじゃあ、幸運を」
「...幸運を」
その言葉を合図に、二人同時にティーカップに口付けた。




