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37.



「んっ...」



白濁とした意識から醒めると、見慣れない天蓋が見えた。


痛みで軋む頭を押さえながら、やけに気怠い体を起こす。


すると、聞き馴染みのある声が聞こえた。



「起きたのかい、アンナ」



声がしたほうを向くと、シャツとズボンという簡易的な服装をした小柄な女性が椅子に座っていた。


どこか見覚えのある人...。


まだ覚めきっていない頭でぼんやりと女性を眺めていると、彼女が椅子から立ち上がり、こちらへと近付いてきた。


意識が徐々に戻っていき、近付いてくる人物の正体に気付き、目を見開く。



「...ベアトリクス...」


「あっ、やっと気付いた。そうだよ、僕だよ」



顔も、声もベアトリクスだったが、まるで別人のようだった。


それよりも、ここは...?


辺りを見渡すと、そこは見知らぬ部屋で、大きな空間には自分が横たわっていたベッドと、簡易的な机と椅子しか置かれていない。


そして、大柄な男が扉を塞ぐように立っているのが見えた。


その異質な光景に首を傾げていると、ベアトリクスが隣で小さく笑う。



「ごめん、ごめん。そういえばまだ、きちんと説明していなかったね」



ベアトリクスがベッドに腰掛け、わたしの手を取って、自分の胸に寄せる。



「僕たちはね、アンナ。君をセドリック・レッドフィールドを誘き出す囮として、王宮から拉致してきたんだよ」



あまりにも楽しそうに話すため、一瞬何を言われているのか、わからなかった。


しかし、そこで全て思い出した。


そうだ、わたし、フレデリカ王女殿下に呼ばれて王宮に行っていたんだ。


そこでセドリックと別れて、泣きながら渡り廊下を歩いていたら、ベアトリクスに抱きつかれて...


目の前のベアトリクスに視線を向ける。



「.......どうして?」



頭の中が混乱していて、色んな疑問が出てきているが、口から出たのはたった一言だった。


ベアトリクスは薄く笑う。



「邪魔だからだよ。セドリック・レッドフィールドが」



セドリックの名前が出てきて、体が小さく反応する。


そして、ベアトリクスは信じられないことを口にする。



「だから、アンナには悪いんだけど彼には死んでもらわないといけないんだ」



あまりにも突拍子もない言葉に言葉を失う。


そんなわたしの姿を見て、ベアトリクスは目を細め、手を伸ばす。



「ごめんね、綺麗な髪を切ってしまって。でも、確実に事を進めるために仕方ないことだったんだよ」



手で髪を梳かれ、そこで髪の一部が不自然に短くなっていることに気付いた。


その瞬間、血の気が引いた。



「っ....触らないでっ」



ベアトリクスの手を払い除け、胸元のペンダントを握りしめる。



「なんでっ、こんなこと...」



そう問うと、ベアトリクスは一瞬だけ感情を失ったかのように真顔を見せたが、すぐに笑顔に戻る。



「なんでって、決まってるだろう。僕たちは、この国で戦争を起こしたいんだよ」


「...せ、んそう?」



聞き馴染みのない言葉に一瞬たじろぐ。


歴史書の中でしか見たことない言葉に現実味があまり感じられずにいると、ベアトリクスは声を出して笑う。



「そうだよね。この国は長い間、隣国との不可侵条約のおかげで大きな戦争は起きなかった。小競り合いはあったけど、グランヴィルの領地に引きこもってた君が知る由もないか」



ベアトリクスはベッドから腰を上げ、椅子に戻り、足を組みながら座る。



「セドリック・レッドフィールドが来るまでの暇つぶしだ。いいよ、アンナになら全てを話してあげよう。君は、これから愛する男を目の前で殺されるのを見届けなければいけないから。それぐらいしないと不公平だろう」



不気味に笑うベアトリクスを睨むも、体が恐怖で少し震える。


ペンダントを握る指に、力がこもる。



「事の発端はまぁ、くだらないものだよ。とある家が、商売でほんの些細な失敗をしてしまったことがはじまり」



ベアトリクスがまるで物語を語るようにぽつりと話し始めた。



「王国で出回ってる茶葉、ほとんど西のリュカーン産なんだけどさ、ある日、金に目が眩んだ当主がうっかり禁止されてる乾燥物を茶葉と一緒に国に輸入してしまったんだ。なんだと思う?」


「......」



質問に答えず、黙っていると、ベアトリクスは面白そうに頬を緩める。



「大麻だよ、大麻。本当にバカだよね、なんであんなものにあんな大金が掛けられてるのか理解できないよ。....でも、まぁそれもすぐバレて、その家の爵位と領地、ぜーんぶ没収されちゃったんだけどね」



何かを思い出すかのように遠い目でベアトリクスは天井を見上げる。


けれど、すぐにこちらに向き直る。



「ちなみに、スカルエッティってのは今そこの領地を管理してる家の名前であって、本物のベアトリクス・スカルエッティは病弱で屋敷から出たことないんだよね!だから、色々と利用しやすかったな」


「....じゃあ、あなたの本当の名前は...?」



ベアトリクスと騙る彼女は、口を開きかけるが、すぐに笑みで結ぶ。



「そんなもの、とっくの昔になくなったよ。だから、変わらずベアトリクスと呼んでほしいな」



話を遮るようにベアトリクスは軽く手を叩く。



「その後はもう絵に描いたような転落劇。地位も財産も失った家族の話なんて聞いても面白くないだろうし、ここは割愛させてもらうよ」



両手でハサミの動きを模し、楽しそうに笑っている。


ベアトリクスは終始笑っているが、その笑みは感情を押し殺してるようにも見えた。



「そんなある日、大麻輸入の件で、王国との取引が途絶えたリュカーンから手を組まないかって、自分たちをこんな目に合わせた王国に復讐したくないのかって。要は王国内で動ける手駒が欲しかっただけなんだよね、あっちからすると。でもまぁ、人間、どん底の淵に追いやられたら、どんな話にも飛びついてしまうわけですよ」



蔑むように目を伏せ、口元を自嘲で歪ませる。


そんなベアトリクスの姿に、わたしは思わず口を挟む。



「...そんなの、ただの逆恨みじゃない...」


「そうだね、そうかもしれない」



否定はしない、でも目が笑っていなかった。



「外から見たら、愚かな人間が愚かなことをしているだけかもしれない。....でも、あの地獄を味わったことのない人間にとやかく言われる筋合いはないよ」



ベアトリクスから一瞬にして表情が消える。


空気が一変し、背筋が震える。


しかし、すぐにベアトリクスは表情を崩した。



「ごめん、ごめん。怖がらせちゃったね。もぉー、アンナが変なこと言うからだよ。物語はさ、静かに聞くものだろ?」



親指を口元に添え、まるで子供を諭すような柔らかな物言いに戻る。


その切替の早さにも、何とも言えない不気味さを感じ、汗がじんわりと滲む。



「手っ取り早く事を起こすなら、王族、しかも王太子暗殺なら争いが嫌いな王様だって重たい腰を上げてくれるかもしれない。だから警備が手薄い寄宿学校は格好の舞台だったんだよね。...まぁ、それもあの男のせいで殆ど台無しになったんだけどね...」



ベアトリクスは苛つきを隠そうともせずに、舌打ちをする。


一瞬だけ沈黙が流れるも、すぐに笑みを浮かべる。



「すっごく、邪魔だったんだ。...だから、ごめんね、アンナ」



突然謝られて、困惑する。


嫌な予感に、鼓動が加速する。


ペンダントを強く握る。



「君の大切なお兄さん、アンドリュー、殺しちゃった」



その言葉に、息が止まる。


頭の中が、真っ白になる。



「あの男がいつも通ってた橋を壊して、馬車に細工してやったら、呆気なく死んじゃったよ。嬉しかったなぁ。あいつが死んでくれて。おかげで色々やりやすくなった」



何が可笑しいのかベアトリクスは声を上げて笑っている。


アンドリューは不慮の事故じゃなくて、殺された。


しかも、目の前にいるベアトリクスに。



「...くも、」


「ん?」


「...よくも、アンドリューを...!!」



体の奥底から、怒りが込み上げてくる。


本気で、ベアトリクスが憎いと思った。



「怒らないで、アンナ。君が、あの男の妹って知ったときは僕だって驚いたんだから。でも、そうだな...」



ベアトリクスがゆっくりと近付いてくる。


隣に腰掛けると、わたしの両手を取り、自分の首を掴ませた。



「アンナになら、いいよ。殺されても」


「...!!!」



信じられない行動に、固まる。


手の中に収まっている細い首の感触が生々しくて、身の毛がよだつ。


....この女が、アンドリューを....!!!!


しかし、沸き上がる怒りが止まらず、親指に力を込める。


ベアトリクスが薄く笑うのが見える。


このまま、首を絞めたら、アンドリューの仇を討てる。


.......でも、こんなことしたってアンドリューは戻ってこないのよね。


わたしが首から手を離すと、ベアトリクスは少しだけ咳き込む。



「...いいの?絶好のチャンスだったのに」


「別に、いいわ。虚しくなるだけだもの....」


「やっぱり君は素敵だね、アンナ。そんな君だから、セドリック・レッドフィールドも君を愛せずにはいられないんだ」



セドリックの名前で、顔を上げ、ベアトリクスを睨みつける。


そう、今は失った人の仇をとってる場合じゃない。


今度こそ失わないために、奪われないために。


わたしが、セドリックを守るんだ。




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