36.
「つまり、一人になったグランヴィル嬢が偶然連れ去られたということになるのか...」
自ら発した言葉に納得していないのか、リチャードが首をひねる。
考え込むように顎に手を添えると、扉がノックされた。
「入れ」
リチャードが短く答える。
返事とともに、腕に包帯を巻いた男と彼を介抱するもう一人の、二人の近衛兵が部屋に入ってきた。
「リチャード王太子殿下。ご報告にあがりました」
「貴殿...、大事、ないのか」
「手当ては済ませましたし、血ももう止まりました」
近衛兵の言葉に、リチャードは目を細める。
「それで、報告とはなんだ」
「はい!今回の拉致、アンナ・グランヴィル子爵令嬢を狙った犯行だと思われます」
部屋中がざわつく。
皆の視線が一斉に彼に向かれた。
セドリックも、ゆっくりと顔を上げる。
「何故、そう明言できる。確証はあるのか」
「はい!グランヴィル子爵令嬢を渡り廊下でお見かけしたとき、おぼつかない足取りをされていました」
近衛兵は当時の状況を思い出しながら、語り始める。
「そこにもう一人のご令嬢が彼女に近付き、抱きついたと思った瞬間、グランヴィル子爵令嬢の体が不自然に崩れ落ちました」
息をついて、更に続ける。
「駆け寄ろうとしたとき、突然現れた男に腕を斬られ、痛みに耐えていたら、男がグランヴィル子爵令嬢を抱え、もう一人のご令嬢の後を追うように逃走しました」
「...つまり、連れ去られたと思われていたもう一人の令嬢は男とグルで、目的はグランヴィル子爵令嬢だったということか」
「はい!!」
リチャードは眉間の皺に手を添えて、考え込む。
「そうなると、今度は何故グランヴィル子爵令嬢が狙われたのかという疑問が出てくる。彼女は王族ではないし、何が目的なんだ...」
リチャードが考え込む中、近衛兵はあっけらかんと続ける。
「目的はわかりませんけど、犯人の目星は大体ついてますよ」
「...何っ!?」
予想だにしない発言にリチャードの目が見開かれる。
注目を浴びる中、近衛兵は再び口を開く。
「名前は存じ上げませんが、あのご令嬢、確か舞踏会のときにグランヴィル子爵令嬢の姿が見えなくなったと訴えてきた方だったと思います」
「それは、確かなのか」
「はい!!一度見た顔は忘れないのが特技なので、それは間違いないです」
誇らしげに胸を張る近衛兵の姿に、張り詰めていた空気がほんの一瞬だけ緩む。
次の瞬間、それを打ち消すように、廊下から荒い足音が響いた。
「失礼します!!殿下」
荒々しく扉が開かれると、また別の近衛兵が慌てた様子で部屋に入ってくる。
「次から次へと...、何があった」
「はっ!!先ほど門番がアンナ・グランヴィル子爵令嬢の名を語った者から手紙を受け取ったという報告がありました」
アンナの名に、体が一瞬だけ反応する。
近衛兵から手紙を受け取ったリチャードは訝しげに近衛兵を見る。
「その者を捕らえたのか」
「はい、門番がその場で。聞けば、金に釣られて見知らぬ女から頼まれたようで、事情は一切知らない素振りを見せておりました」
「そうか...」
リチャードが手紙の封を切る。
セドリックも内容を確認するべく、立ち上がる。
手紙には、王都郊外の屋敷の所在が記されていた。
そして、封筒の中には手紙の他に、雑に切られた人の髪が一房、同封されていた。
アンナの髪と同じ、淡い栗色の髪だった。
その瞬間、心臓が大きく鳴る。
......間に合わないかもしれない。
思考が、そこで途切れる。
「...陰湿な...」
静まり返る空間で、シノンが嫌悪感を滲ませる。
鼓動が早まる中、一刻の猶予もないと判断し、身を翻す。
「待て。どこに、行く」
しかし、リチャードがそれを止める。
動きを止めるが、振り返らない。
「......所定の場所に」
「兵を集め、向かわせる。お前は、ここから離れるな」
その言葉に、唇を強く噛み締める。
「....応じられません」
「セドリック」
「……わたしが行きます」
低く押し殺した声だった。
だが、その場にいた誰もが、それ以上の言葉を挟めなかった。
そんな中、恐る恐る手が挙げられる。
「...あの、差し出がましいようですか、よろしいでしょうか」
腕を負傷した近衛兵だった。
「申せ」
「大勢で行かないほうがいいと思います。たぶん、兵で屋敷を取り囲んだ時点でグランヴィル子爵令嬢は殺されるかと」
「続けろ」
「もし王宮に対して何か要求があったら、こんな回りくどいことなどせず、王宮内で事を起こせばいいはずなんです。でも実際は違う。わざわざ拉致をして、場所まで教えてくれてるんですから、なにか別の目論見があるはずなんですよね」
緊張感がない物言いだが、冷静に状況を分析している。
「...なるほど、一理あるな」
「なら、わたしに行かせてください」
納得しかけているリチャードに、詰め寄り、再び主張する。
「しかし」
「......わたしが、行きます」
リチャードの言葉は、そこで途切れた。
誰も、止めることは出来なかった。




