33.
「時に、あなた一時期セドリックと婚約していたそうね」
アンドリューの話が一段落して、目の前でお茶が用意されている最中、フレデリカ王女殿下が唐突に言ってきた。
予想していなかった展開に、一瞬だけ肩を揺らす。
動揺しているのを気取られないように、笑顔で答える。
「...はい、ほんの一瞬でしたけど」
「そう...。でも、唐変木で、何を考えているかわからない、つまらない男だったでしょう?」
フレデリカ王女殿下の言葉に拳を強く握る。
王女殿下の試されているような視線が送られてくる。
...フレデリカ王女殿下は、わたしに何を言わせたいんだろうか。
一瞬、言葉に詰まるが、恐る恐る口を開く。
「最初は...、そうでした。でも、セドリックは言葉にしないだけで、その、ちゃんとわたしのこと見てくれてました」
出会った頃のことを思い出す。
アンドリューが死んで、絶望していたわたしの前に突然現れて、婚約者だとか言って勝手に連れ去って。
連れ去ったと思ったら、すごい厳重体制でわたしを死なせないようにするから、本当に意味がわからず、ただただ戸惑っていた。
だけど、本当は誰よりも情が深くて、全て受け止めてしまう、そんな人だった。
そんなセドリックだったから、わたしは救われた。
アンドリューがいない今を、生きていたいと思えたの。
「だから、わたしにとって、セドリックは決してつまらない男なんかじゃありません」
対峙するように真正面からフレデリカ王女殿下を見つめ返す。
暫く見合っていると、王女殿下が目を細める。
「ふふっ、少し意地が悪かったわね。気を悪くしたなら、謝るわ」
「いえ、大丈夫です...」
ティーカップをシノン様から受け取った王女殿下は、ゆっくりとした動きで口に運ぶ。
全ての仕草が上品かつ優雅で、改めて見惚れてしまう。
そこにシノン様の美しさが相まって、本当に画になる。
二人の眩しさに目を細めながら、わたしもお茶を一口、口に含む。
「別れたというのに、随分と情熱的な告白だったわ。よほど、深く愛しているのね」
「ごふっ!」
思いもよらぬ言葉に、お茶が喉を通る前に咳込んでしまい、盛大にむせる。
激しく咳き込むわたしの背を、シノン様がそっと撫でる。
少しの間、まともに話すことができなかった。
やっとのことで息が落ち着き、涙目でフレデリカ王女殿下を軽く睨む。
王女殿下は楽しそうに目を細め、扇子で口元を隠して笑っていた。
「あ、愛って、別にそんなんじゃ、ないです」
「あら、そうなの?でも、先ほどセドリックを語るあなたの顔、とても美しかったわ。まるで、恋する乙女のようで」
「こ、恋...」
必死に気付かないようにしていたセドリックへの想いを意図も容易く見破られてしまい、顔が熱くなる。
「まぁ、かわいらしい」
真っ赤になったわたしを王女殿下は面白がるように微笑む。
反論する言葉が見つからず、呆然とする。
すると、さっきまで面白がっていたフレデリカ王女殿下が静かに目を伏せる。
「ただ、大変よ。セドリックの隣に立つのは」
空気が変わる。
思わず、息を呑む。
「アンナ・グランヴィル子爵令嬢。あなたに、その覚悟はあるの?」
一瞬にして、現実に引き戻される。
全身の血の気が引いて、火照っていた体が徐々に冷めていく。
北の国境を担う侯爵子息と、辺境の子爵令嬢。
釣り合わないことは、とうの昔にわかっていた。
けど、実際に第三者の口、しかも王女殿下に言われたら自覚するしかなかった。
震える手を押さえ込み、なんとか笑顔を取り繕う。
「大丈夫ですよ。もう、終わったことですから」
本当は、婚約破棄された時点で終わった関係になるはずだった。
ただ、少し長い夢を見ていただけ。
だけど、もう終わらせなきゃ。
「....そう、残念ね」
フレデリカ王女殿下が扇子の向こうで小さく呟いた言葉はわたしの耳に入ることはなかった。




