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32.



その後、フレデリカ王女殿下の美に圧倒されながら、わたしは彼女の前にあるソファに腰掛けた。


王女殿下は持っていた扇子を広げ、目より下を隠すと、上から下まで、隅々まで視線を滑らせてくる。


ここまで堂々と凝視されることもないので、つい身構えてしまう。


満足したのか、王女殿下は扇子を閉じて、一言。



「兄様が、そっくりだと言ってたけど、そうでもないわね」



突拍子もないその言葉に、目を見開かせる。


誰と比較しているかなんて、聞かなくたってわかる。



「...アンドリューをご存知なんですか...?」



アンドリューという名前に微かだが、王女殿下が反応する。


王女殿下は扇子を指先で遊ばせるように、反対の手のひらにとん、と触れさせる。



「兄様がたまに連れてきていたから、相手をしてあげていただけよ」



リチャード殿下と友人だったことは知っていたが、まさか王宮にまで出入りしていたとは驚いた。


ここに来て、またわたしの知らないアンドリューが現れた。


そこでわたしは気付いてしまった。


もしかして、わたしが今日フレデリカ王女殿下に呼ばれたのってアンドリュー関係じゃないわよね...?



「あの、フレデリカ王女殿下はアンドリューのこと、どう思っていましたか...?」



恐る恐る尋ねると、王女殿下は目を伏せ、少し考えてから、躊躇いがちに口を開く。



「......非常に不愉快な男、だったわ」



王女殿下の声は抑えられているのに、わずかに震えていた。


あぁー、これは完全にアンドリュー仕業だわ。


あいつ、王女殿下に何かしでかしたんだわ、絶対に。


王女殿下の扇子を握る手も震えているのを見ると、相当な怒りを買ったんだと思われる。



「あの男、勝手に現れては軽口を叩いて、人を散々弄んでは、振り回した挙句...勝手にいなくなるなんて...」



段々とか細くなる王女殿下の声に違和感を感じた。


声に怒りを感じない、むしろ悲しんでいるように聞こえる。



「王女殿下...」



フレデリカ王女殿下は扇子を広げ、顔を隠す。


まるで感情を見せないように。



「アンナ・グランヴィル、あなたにはあの男が生前わたくしのことをどんな風に話していたのか聞いてみたかったのけれど、あなたの反応を見て、わかったわ」



扇子越しになので、いったいどんな表情をしているのかわからない。


しかし、気丈に振る舞おうとしても声が震えてるのがわかる。



「あの男...、わたくしのことなど、本当になんとも思っていなかったのね...」


「...そんなこと、ないと思います!!」



今にも泣き出してしまいそうな声に、気付けば立ち上がり、声を上げてしまった。


突然立ち上がったので、部屋中の人間の視線が一気にわたしに集中する。


フレデリカ王女殿下も驚いて、扇子から目を覗かせている。


少々気恥ずかしくなり、慌てて座り直す。


小さく息を吐き、王女殿下に向き合う。



「アンドリューは、兄は、フレデリカ王女殿下のことをなんとも思っていなかったはず、ないと思います」


「...どうして、そう言い切れるの?あなた、さっきまでわたくしとあの男が面識があることさえ知らなかったのに...」



王女殿下の指摘はご尤もだ。


フレデリカ王女殿下のことは確かに知らなかった。


でも、アンドリューのことなら誰よりもわかっている。


本人と同じぐらい、いや、それ以上にわかっている。



「兄は...すっごい、口が軽いんです」


「はぁ...」



アンドリューを知るフレデリカ王女殿下は何を今更という反応を見せる。



「口が軽いからあることないこと、平気で喋るし、喋ってる内容が本当かどうか定かではないときだってあります!厄介なのはアンドリューはそういうのがとんでもなく上手なので、今まで何度も彼の口車に乗せられて散々な目に.....」



最後の方は個人的な恨みを思い出し、怒りで拳を握りしめる。


フレデリカ王女殿下は唖然としているのか、動きが固まっている。



「つまり、アンドリューは本当に大切なものほど、口にしないんです!!!」



普段から人が聞いてもいないことを勝手に喋り倒すので、こちらから質問しない限り自分の喋りたいことしか言わない男だ。


だから、勘違いされる。なんでも言葉にする人なんだと。


わたしだって、そう思ってた。


セドリックがアンドリューの親友だったと知った時から不思議に思っていた。


何故アンドリューはそんな大事なことを教えてくれなかったんだろうって。


セドリックのことだけじゃない。


寄宿学校での日々だって、積極的に話してはいなかった。


でも、アンドリューがいなくなってから、わたしの知らないアンドリューを知って、ようやくわかった。


アンドリューにとって、本当に大切だったからこそ、口にしたくなかったんだって。


口にしてしまうと軽くなってしまうから。



「だから、きっとフレデリカ王女殿下のこともアンドリューにとって、大切だったはずだったんです!!」



鼻息を荒くしてそう力説するわたしに、フレデリカ王女殿下は目を細める。



「...その理屈だと、あなたのことを所構わず言い触らしていたあの男は、あなたのことを大切にはしていなかったことになるけど」



また、痛いとこを突いてくる。


でも、それだってアンドリューなりに理由があったはずだ。



「それは、たぶんアンドリューにとってわたしはもう一人の自分って感覚なので、自分のことを話しているように話してたんだと思います」



よくわかっていないのか、フレデリカ王女殿下は首を傾げる。


アンドリューとわたしは、二人で一つ。


産まれたときから一緒のわたしたちにしかわからない感覚を口で説明するのが難しい。



「たとえ世界中の人がアンドリューの敵に回っても、わたしだけは見捨てられません。何を言われても、嫌いになることなんてできないんです。きっとアンドリューも、それをわかっていて言っていたんだと思います。」



悔しいが、これは事実だ。


わたしなら何を言っても、離れていかない。


だから、何でも言える。



「でもそれは、わたしとアンドリューだからこそ成り立つことであって、他の人に当てはめるのはちょっと無理があるというか...」



さすがに説明が苦しくなり、言葉が続かなくなったそのとき、王女殿下が微かに笑った。



「謝るわ、アンナ・グランヴィル。わたくし、あなたを侮っていました」


「えっ...」


「あなたの中で、あの男はまだ生きているのね。そんな相手に、勝てるわけなかったわ」



扇子から顔を出したフレデリカ王女殿下は心なしか清々しい表情をしている。



「本音を言うとわたくし、あなたを値踏みしてたのよ。あの男が会うたびに話す、妹がどんな人間なのか会って、見てみたかったの。そんな価値がある人間なのか、どうなのかを」



扇子を片手で閉じ、ゆっくりと指でなぞる。



「でも、話をして痛感したわ。あなたとあの男の繋がりの強さに。最初から、わたくしが入り込む隙なんて、なかったんだわ」



フレデリカ王女殿下の言葉に胸がぎゅっと苦しくなる。


セドリックのことが、脳裏に浮かんだ。



「いえ、いえ!!!フレデリカ王女殿下、それは違います!!」



堪らず、声を荒げる。



「確かに、わたしとアンドリューは他人にはわからない繋がりがあります。今でも何よりも誰よりもかけがえのない人です。それでも...それでも、人を好きになるんです!!好きになることだってあるんです!!」



誰のことを言っているのかわからないまま、叫び続ける。



「だから、諦めないでください。アンドリューは、絶対にフレデリカ王女殿下のこと好きだったと思うんです」



立ち上がり、息を荒げるわたしをフレデリカ王女殿下が見上げる。


そして、小さく笑い声を上げた。



「おかしな子ね。あの男は、もういないのに、諦めるななんて」



た、確かに言われてみれば変な話だ。


勢い余ってわけの分からないことを口走ってしまった。



「でも....そうね。もう少しだけ、あの男のこと、忘れないでいてあげるわ」



そう呟いたフレデリカ王女殿下は微笑みながら、愛おしそうに扇子を撫でる。


その姿を見て、わたしはハンドバッグに視線を落とす。


その中には、セドリックから貰ったネックレスの箱が入っていた。




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