31.
舞踏会以来となる王宮は、やはり来るだけで体が強張り緊張してしまう。
しかも、前回の舞踏会は離れの別邸で行われていたので、王宮を訪れるのは今回が初めてになる。
別邸も豪華絢爛で凄まじかったが、やはり国の中心である王宮は王宮敷地内にあるどの建物より群を抜いて輝きを放っていた。
王宮敷地内は意外にも人の出入りが多く、庭園や図書館に向かう人々の姿が見える。
けれど、王宮そのものへ向かう門では空気が一変し、厳しい検問に足止めを食らった。
王宮からの呼び出しの手紙と、自身の身分を証明する文書を提出し、やっとのことで王宮に入れたわたしは、安堵と気疲れでため息を漏らす。
でも、本番はここからだ。
だってこれからわたしは、リスタータ王国、第一王女、フレデリカ様に謁見しなければいけないのだから!!
抜きかけてた気をぐっと堪え、再度全身に力を入れる。
正直、なんで今まで面識が一度もないフレデリカ王女殿下から呼び出しをされたのかまったく見当がつかない。
だが、国の第一王女に呼び出されたのだから、拒否するわけにもいかなかった。
でも、やっぱり怖いものは怖い。
だって、なんで自分が王宮なんて、人生で絶対に入ることがない場所にいるのかわからないんですもの!!
内心理由がわからない呼び出しと、未知の領域に怯えていたため、自分に近付いてくる足音に気付くことが出来なかった。
「失礼。アンナ・グランヴィル子爵令嬢で、ございますでしょうか」
名前を呼ばれ、見上げると、軍服を着こなした細身の女性が目の前に立っていた。
綺麗な長い金髪を三つ編みで結い上げ、端正な顔立ちなのに、どこか和らげな雰囲気をもつ男装の麗人。
その姿はまるでおとぎ話に出てくるような王子様を彷彿させ、無意識に食い入るように見入ってしまった。
「...グランヴィル嬢?」
「.....えっ、あっ、はい!!!わたしが、アンナ・グランヴィルでしゅっ!!」
勢い余って噛んでしまい、恥ずかしさで目を伏せると、彼女は小さく微笑んだ。
「緊張、されてるんですね。大丈夫ですよ。さぁ、お手をどうぞ」
流れるように手を差し出されたので、ついその手を掴んでしまう。
彼女はそのまま、わたしの前で跪く。
「わたしは、シノンと申します。フレデリカ王女殿下の護衛騎士をさせていただいております。本日は、フレデリカ様の命によりグランヴィル嬢のお迎えにあがりました」
蒼藍の瞳で見上げられ、固まってしまう。
本当に、王子様みたいだわ....!!
セドリックに対する気持ちとは違うときめきを胸に感じ、戸惑いを隠せなかった。
セドリックも美形の部類だから、もちろんかっこいいのだけど、この方、シノン様はもう、そんなんじゃなくて、美、そのものって感じ!!!
頭の隅でリチャード殿下が声を上げそうになっていたが、早々に頭から追い出した。
「それでは、参りましょう」
「...はい」
シノン様に見惚れたまま、手を引かれて歩き出す。
最初のシノン様の衝撃が強すぎて、歩き始めは夢心地だったが、少し歩くと正気を取り戻しつつあった。
王宮の中は、全体的に広く、天井が高い。
舞踏会が行われた別邸は豪華な装飾品で飾られていたが、王宮内は意外と簡素な造りをしていた。
でも窓の縁や、ドアノブなど所々に金が施されており、目立たない煌びやかさが逆に目を引く。
あまり行儀は良くないが、周りを見渡しながら歩いていると、窓の外、下の階の廊下にて見知った顔が見えた。
リチャード殿下だ。
歩きながら誰かと話している。
何気なく視線を移すと、灰色の髪が目に入り、心臓が大きく脈打った。
....セドリック。
花の日以来、セドリックには会っていない。
でも、ずっと彼のことを想っていたので、久しぶりという感覚はあまりなかった。
窓越しからセドリックを見つめていると、ふとセドリックの視線がこちらに向いた気がした。
咄嗟のことだったので驚き、逃げるように窓際から離れる。
...まさか、気付かれたってことはない...わよね。
持っていたハンドバッグを、無意識に強く握りしめる。
「...荷物をお持ちでしたか。申し訳ありません、気付きませんでした。お持ちいたします」
シノン様がわたしの手からハンドバッグを取ろうとするので、慌てて体に抱き寄せる。
「だ、大丈夫よ!!そんな重くないから自分で持てます!!」
「...そうでしたか。出過ぎた真似をしました。申し訳ありません」
わたしの慌てぶりを気にすることなく、シノン様は目的地に向かって歩き進める。
安堵して息を吐き、再度窓の外を見下ろしたが、セドリックの姿は、もうそこにはなかった。
・
最終的に案内されたのは王宮の中でも奥にある大きな扉の前だった。
シノン様が扉を2回ほどノックすると、それが合図だったのか扉が開かれていく。
部屋の奥に、シノン様と同じ軍服を身に纏っている女性たちが整列している。
そんな彼女たちを背に、カウチソファに座っている金髪の美しい女性がこちらを見ていた。
「アンナ・グランヴィル子爵令嬢をお連れいたしました。フレデリカ王女殿下」
「ご苦労さま、シノン。下がっていいわ」
シノン様はわたしに向かってお辞儀をすると、金髪の女性、フレデリカ王女殿下の後ろに控える。
フレデリカ王女殿下は、思わず目を奪われるほど美しかった。
華やかなのに、どこまでも品がある。隙ひとつなく整えられた美しさだった。
「よく来たわ、アンナ・グランヴィル。突然呼び出して悪かったわ。....どうかしたの?ぼんやりとしているわよ、あなた」
フレデリカ王女殿下に声をかけられた事に気付き、慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ございません!!王女殿下があまりにも美しかったので、つい見惚れてしまいました...」
つい、思ったことをそのまま口にしてしまうと、フレデリカ王女殿下は目を丸くする。
しかし、すぐに満足気な笑みを浮かべる。
「美しさに正直でいいわ、アンナ・グランヴィル。いいでしょう、存分にわたくしの美しさを堪能するといいわ。褒め称え、崇めることを許しましょう」
どこか、聞いたことのあるような台詞でやっぱりリチャード殿下と兄妹なんだなと認識する。
しかし、リチャード殿下ほどの苛立ちは感じない。
自ら誇示せずとも、それが成り立っているからかもしれない。




