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わたし、何してるんだろう...。


花時計の近くに設置されているベンチに腰掛け、人の流れをぼんやりと眺める。


勝手にあの場から離れるなんて、子供みたいなことをしてしまったと後悔していた。


今頃、セドリックが心配しているかもしれない。


でも、あの光景を見てしまったら、居ても立ってもいられなくて体が動いてしまった。


今でも鮮明に思い出せる、真っ赤なダリア。


...きっと、あの花が似合う素敵な人に贈るんだ。


はあぁぁぁと大きくため息が出てしまう。


何に拗ねているのだろう。


セドリックがどこの誰に花を贈ろうが、関係ないはずなのに、なんでこんなにも嫌な気持ちになるんだろう。


自分で自分のことがよくわからない。


どれくらい時間が経ったのかわからないが、日が傾き始め、空が少しずつ夜の色になっていく。


さっきと変わらず、ぼんやりと人集りを眺める。


すると、人混みを抜けて少しずつこちらに向かってくる人の姿が見えてきた。


細身のシルエットに、灰色の髪、それにやけに目につく赤い花束。


その赤に理由のない苛立ちを感じてしまう。



「...探したぞ、アンナ嬢」



セドリックの呼吸が少しだけ乱れている。


本来ならここで、謝るのが筋だとわかっているのだが、何故か素直にそれが出来なかった。



「.......」



俯いたまま黙っていると、セドリックは片膝をつき、顔を覗き込んできた。



「何か、気に障ることでもしただろうか」



見上げてくるセドリックの瞳に焦りが見えた気がした。


そこで罪悪感を感じるも、視界の端の赤が気になってしまう。


もうその色を見たくなくて、不自然に視線を背ける。



「...別に、なんでもないわ...」


「しかし...」



食い下がってくるセドリックにも苛立ってしまい、唇を噛み締める。



「...だから、なんでもないって...!!!」



感情が抑えきれず、勢いで立ち上がる。


その瞬間、暗がり始めていた空気が、一瞬にして暖かな光を灯した。


振り向くと、花時計に仕込まれていたガス灯が一斉に光を帯びている。



「...あの日、」



その光景に刹那、心が奪われかけるが、セドリックの声で意識が戻る。


セドリックに視線を戻すと、立ち上がった彼と目が合う。


真剣な眼差しを向けられ、惹き込まれそうになる。



「婚約破棄を言い渡した時、...あの時は適切な判断だと思っていた」



突然、何を言われたのかわからなかった。


今更、婚約破棄のことを言われても、あまり腑に落ちない。



「しかし、君に心残りがあると聞いて.....考えが変わった」



セドリックの視線が花時計に移る。


視線を追うと、ラナンキュラスの花が灯りに当てられ、昼間見たときより鮮やかに咲いてるように見える。


そういえば、昼間セドリックが何か言いかけててたけど、このことだったの...?



「だから、花を見に来るなら、いつでも来てくれて構わない」



はっきりとそう言われ、小さく息を呑む。


セドリックは意味をわかって言ってくれてるのだろうか。


それはつまり、アンドリューの妹としてではなく、アンナ個人と関係を続けていきたいと思ってくれてるのだろうか。


胸がむずむずしてくすぐったい。


嬉しい気持ちがある反面、視界にチラつく赤い花のせいで素直に喜べない。



「で、でもわたしが行くことに、よく思わない人がいるんじゃない?」



拗ねた子どものように頬を少しだけ膨らませ、そっぽ向く。



「...何故?」


「花を贈るぐらい特別な人がもういるんでしょう?わたしが行ったら、誤解されてしまうわ」



目を瞬かせたセドリックは、自身が持っていたダリアの花束に視線を落とす。


そして、そのままその花束をわたしの前へと差し出した。



「問題ない。この花は、君にだ。アンナ嬢」


「...え?」


「わたしにとって、君は特別だ」



灰色の瞳が射抜くように見つめてくる。


はっきりと言われた『特別』という言葉に、心拍数が一気に上昇する。



「君が、あの日生きることを選択してくれて、感謝している」



花束を手渡される。


セドリックの言葉が信じられず、固まったまま花束を見下ろす。


あんなに苛ついていた赤が、今見ると胸の高鳴りが抑えられない。


綺麗な赤のダリア


今まで、一度も、アンドリューからさえも貰ったことない華麗で美しい花。


そんな美しい花の前で心が卑屈になっていく。



「...綺麗な赤。でも、わたしには少し派手じゃないかしら」


「君は、赤を好んでいるものだと思っていた」


「どうして?」


「舞踏会で赤いドレスを着ていた」



...そういうことね。


なるほど、だから赤い花を選んだのか。



「あれはリース...、メイドが選んでくれたのよ」


「...そうか」



花を貰えただけでも喜ぶべきなのに、変なところで落胆している自分がよくわからなかった。


思わず、花束を握りしめる。



「...しかし、似合っていた」



セドリックの言葉に、顔を上げる。



「誰よりも、美しかった」



愛おしさが込められた瞳を向けられ、息が詰まる。


心臓の音がうるさい。


頬が熱くなっていくのを感じる。


これ以上、セドリックの前にいたら、どうにかなってしまいそうになる。


落ち着いて、落ち着くのよ。


セドリックに気付かれぬよう、小さく深呼吸をする。


勘違いしそうになるけど、セドリックはただ『特別』と言っていただけで、どんな風に特別なのかは言っていない。


わたしにとって、アンドリューは特別。


セドリックにとっても、アンドリューは特別。


つまり特別の特別は、特別ってこと!!


深い意味はない...はず...いや、ない!!


ドレスのことだって、ただ単にセドリックが赤い色の衣服が好きだっただけって可能性がある。


だから、これも他意はない!!はず!!


自惚れないように必死に脳内で言い訳を考える。


もうこれ以上はないはず、これ以上はないはず...!!!



「あと、これを君に」



そんなわたしの願いとは裏腹に、セドリックはジャケットの内ポケットから細長い箱を取り出す。


嫌な予感しかしない。


手渡され、中身を確認すると、ネックレスが入っていた。


飾り気がない細い鎖に、小さな光が静かに宿るネックレスだった。


箱を持つ手が震える。



「...これは?」


「今日が君の誕生日なので、用意した」



何気ない言葉が一瞬にして全てを崩していく。


もう誤魔化しきれない。


わたしは堪らず、その場に座り込んでしまう。



「アンナ嬢?...大丈夫か、アンナ嬢?」



突然のことで、セドリックが心配そうに声をかけてくる。


ダメよ、ダメよセドリック。


これだと、どう頑張って言い訳しても、気付いてしまう。


セドリックが、わたしに好意を持っているということに。


感情も理性もぐちゃぐちゃになったわたしは、セドリックの不安げな声に耳を傾けながらも、暫く顔を上げられずに蹲っていた。




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