28.
手を繋がれたまま、セドリックの背中を追っていたら、突然目の前の視界が開けてきた。
大きな円形の花壇が目前に現れる。
円形の中は6つに区切られていて、それぞれの区間に違う花が植えられている。
その周りを囲うように色とりどりの花が彩っている。
「わぁ、すごい...」
景色に圧倒され、思わずため息が漏れる。
さすが、トーダムデム名物の花時計。
遠くから見ても綺麗だったが、近くで見るとより鮮やかな色彩に心が奪われてしまう。
花壇の花を追っていくうちに、見覚えのある花に目が留まる。
ラナンキュラスの花だった。
「そういえば、植えた苗に花は咲いたの?」
セドリックの屋敷を離れる前に植えた苗のことを思い出し、隣のセドリックに聞いてみた。
「...あぁ、咲いている」
「そう、ならよかった。あれだけが、心残りだったから」
マーチから貰った植木鉢のラナンキュラスを見るたび、あの丘に植えた苗を思い出していた。
でもセドリックからちゃんと咲いていると聞いて、安心した。
わたしがいなくなっても、花はちゃんとあの場所で咲いてくれていることが嬉しかった。
「....あ、」
セドリックが何か言おうと口を開いたその時、大きな鐘の音が鳴り響いた。
それと同時に花時計の中心から噴水のように水が飛び出てきて、周りの花々に雫を飛ばす。
初めて見る演出に目を奪われていると、腹の虫がきゅーっと鳴ったので、咄嗟にお腹を手で押さえる。
どうやらさっきの鐘はお昼を知らせるものだったらしい。
横目でセドリックを見上げると、こっちを見ていたのか視線がぶつかる。
セドリックが少しだけ目を細める。
「昼食でも、食べに行こう」
「そうしてもらえると、とても助かります...」
手を引かれ、再び人混みの中に入って行った。
・
昼食を食べ終わると、次は花が売られている露店通りに向かうことにした。
向かう途中で花を贈る人数の最終確認のために指を1本ずつ折っていく。
右手を繋がれたままなので、空いた手で指を折っていく。
「随分とたくさんの人数に、贈るんだな」
隣でぶつぶつと呟いていたのが気になったのか、セドリックが尋ねてくる。
「そうね。お母様とお父様は当然として、それとリースにテディでしょ。他の使用人たちのもだし、あと...アンドリューの分」
アンドリューの名前が出ると、繋がれてる手に僅かに力が込められる。
「毎年、贈り合っていたのよ。今年は、アンドリューからは貰えないけど、でもあげないとアンドリューが拗ねて、化けて出てきちゃうかもしれないじゃない?」
重たい空気にしないように、冗談を交えると、セドリックの表情が少しだけ和らぐ。
「...そうか」
「それに...」
言いかけて、止める。
セドリックは不思議そうに首を傾げる。
「どうした?」
「あっ、ううん。なんでもない!」
笑顔で手振りして、誤魔化す。
セドリックには言う必要のないことだった。
今日が、わたしとアンドリューにとって大事な日であることは。
無意識に胸元のペンダントに手を添える。
「そういえば、セドリックは誰かに花を贈らないの?」
話を逸らすために、話題を振ると、セドリックは不自然に視線を逸らし、一拍間を置いてから答えた。
「贈らないな。贈ったこともない」
「ご家族にも?」
「男兄弟で、兄たちとは歳も離れていたから、意識したことがなかった」
「そうなの...」
そういえば、マーチからもセドリックは花に興味がないって聞いていた。
興味がなかったら、贈る習慣もないものね。
「ただ、父が毎年この時期になると母に花束を贈っていた記憶がある。あれは、花の日だったからなのか...」
「...素敵ね。それじゃあ、セドリックにとって花は特別な人に贈るものなのね」
何気なくそう言うと、セドリックは驚いたように目を丸くする。
少し考える素振りを見せ、何か納得したように頷いた。
「...そうかもしれない」
そういえば今まで、セドリック個人の話をあまり聞いたことがなかった。
ほんのちょっと距離が近くなったように感じて、少しだけ心地よくなった。
・
こんなものかな...。
数を確認し、両手いっぱいに花束を持ち上げる。
「ごめん、セドリック!おまた...あれっ?」
後ろを振り向くと、そこにいるはずのセドリックの姿が見えない。
花の露店通りに着き、繋いだままだと選びにくいという理由でなんとか手を離してもらえた。
セドリックは何故か渋っていたが、正直緊張が解かれて、ちょっと楽になった。
両手が自由になったので、気を取り直して花を選んでいるうちにどうやら逸れてしまったらしい。
我ながら、花のことに関すると周りが見えなくなりすぎる。
しかも、人通りの多い場所だと特定の人物を探すのは中々大変だ。
さっきは花時計の前という目印があったから合流できたが、こんな雑多な中、どうやって見つければいいんだろう。
目立つ容姿だから見つからないってことはないと思うんだけど...
辺りを見渡しながらセドリックを探していると、特徴的な灰色の髪が目に映った。
道の向かいの露店の前に立っていた。
「セドリッ...」
声をかけようとしたが、花束を露店の店主から受け取る姿を見て、止める。
真っ赤なダリアの花束だった。
心臓が大きく鐘のように脈打った。
...さっき、誰にも贈らないって言ってたのに。
綺麗な、ダリアが視界に焼き付く。
いったい、...誰に贈るのだろう。
セドリックが誰かに花を贈る姿が脳裏に浮かび、抱えている花束を強く抱き込む。
さっきまでとても楽しかったのに、急激に心が冷めていく感覚に陥る。
どんな表情でセドリックの隣に立てばいいかわからなくなる。
一刻も早くその場から離れたくて、わたしは来た道を逃げるように引き返した。




