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27.



そして、花の日当日。


ベアトリクスから花の都、トーダムデムの花時計に行くようにという指示の手紙が先日届いた。


トーダムデムは王都とグランヴィルの領地の丁度真ん中に位置する地方都市で、温暖な気候なため花の生産地として有名だ。


花の日が近くなると、国全土から花を求めて人が集まってくる。


また花の日当日は、街中が花で彩られて祭り仕様になるので、それ目当てで訪れる観光客も多い。


花で埋め尽くされた通りの向こう、人の波が絶え間なく行き交っている。


甘い香りとざわめきに包まれて、思わず足が止まった。



「人、多っ...」



通り過ぎる人を避けながら、目の前の光景に唖然とする。


花の日の花の都って聞いたら、そりゃあ人がたくさんいるとは予想はしてた。


けど、ここまで多いとは思っていなかった。


以前行った、王都の冬の終わりを祝う日の祭りより人が多い気がする。


今年は気候が穏やかで、数年に一度の大収穫だから、通年より人が多いのかもしれない。


初めて来たから、わかんないけど。


ベアトリクスの手紙にはこの先にある花時計でセドリックと待ち合わせをしている予定なんだけど、そもそも本当に来ているのだろうか。


どうやって呼び出すのかも気になるけど、呼び出しても来てくれるかどうかは賭けである。


わたしは正直、セドリックは来ないと推測していたのでいつもと変わらない地味めなワンピースで来ようとしたんだけど、事情を知ったリースに全力で引き止められた。


リース曰くデートに着ていく服ではない、ありえないとまで呆れられた。


そして強制的に着替えさせられ、またもや勝手に化粧を施された。



『アンナ様は顔の造りは悪くないのですが、とても素朴なのでお花に負けてしまう可能性があります。なのでアンナ様の魅力を最大限に生かしつつ、狙いすぎていない絶妙なラインで仕上げてみました!!』



絶妙に失礼なことを言われた気もするが、今回も自信作ということなので甘んじて受けることにした。


まぁ、それも全部セドリックが来てなかったら意味ないんだけどね。


なので今日の予定は、一応待ち合わせ場所の花時計まで行って、セドリックの姿がないことを確認したらそのまま一人でも花の日を満喫する。


せっかく花の都、トーダムデムに来たんだから楽しまないと勿体ない。


待ち合わせ場所の花時計だって200種類以上の花で作られているこの祭り一番の見所だし、ここでしか売られていない珍しい種類の花や種を見るのも楽しみだ。


ついでに花の日の、贈答用の花もここで買っていこう。


そんなこと考えているうちに重かった足取りが段々軽くなっていく。


なんだ、わたし案外大丈夫じゃない。


今まで気落ちしてたのはきっと、怪我で体を動かすことが出来なかったからね。


周りから聞こえてくる陽気な音楽につられ、無意識に鼻歌を口ずさむ。


やがて遠くに花時計が見えてくる。遠目からでもわかる精巧な造りに胸が躍る。


セドリックのことなどすっかり忘れ、純粋に祭りを楽しみ始めていた。


花時計に近づくにつれ、人が増えていく。


これじゃあ、どこに誰がいるかなんて見つけるだけで苦労しそう。


一歩、また一歩と近付いていくと、見覚えのある光が一瞬だけ過ぎったので、足を止める。


見間違いだろうと目をこすって、もう一度前を向くと、光はもう見えない。


安堵で胸を撫で下ろし、また歩き出す。


すると、光がまた現れる。


今度ははっきりと、人混みの中で何かが陽の光を受けている。


ただの反射だと思ったのに、目が離せない。


光はゆっくりと色を帯びていき、見覚えのある灰色になった。


鼓動が一つ、大きく高鳴る。


信じられない。


だって、来るはずない。来る理由だってない。


でもまだ目の錯覚という線も捨てきれないため、ゆっくりとその光に向かって歩いていく。


人混みを掻き分けながら進む。


距離が縮まるたびに、その色ははっきりしていく。


そしてついにその姿をはっきりと捉える。



「...嘘...」



セドリックが、そこにいた。



少し離れたところから、人に紛れてセドリックを観察する。


人混みの中で、セドリックは明らかに目立っていた。


濃紺のジャケットに、細身のスラックス。装飾は少ないが、上質なものだと一目でわかる。


長身で整った顔立ちのセドリックがそれを纏えば、厳格さと気品が滲み出て、如何にもな風格で近寄りがたい存在になっている。


周りのお姉様方も目の端でセドリックを追っているが、声をかけるのを躊躇っているように見える。


そんな人に今から声をかけるとなると相当な勇気が必要になる。


その場から動けず、視線だけセドリックを捉えていると、不意に目が合った気がした。


距離的に気のせいだと思ったが、さっきまで直立不動だったセドリックが動き始める。


人の間を縫うように近付いてくる。


距離が縮まり、セドリックの表情がはっきりと見えてくる。


その瞳は真っ直ぐとこちらを見つめている。


そして、わたしの前で動きを止めた。


わたしは短く息を吐き、セドリックを見上げる。



「......ごきげんよう、セドリック」


「あぁ...」



セドリックが短く答える。


変な沈黙を避けるように、わたしは間髪入れず話進める。



「その、よく来てくれたのね。...来て、くれるとは思っていなかったわ」



その言葉に、セドリックは眉をしかめる。



「君が、呼び出したんだろう」


「...へ?」



話が見えないわたしに、セドリックは上着の内ポケットから一通の手紙を取り出す。


手渡され、裏の送り主を確認すると確かにはっきりとわたしの名前が書かれている。


こんな手紙、書いてもないし、送った記憶もない。



「...読んでも?」



セドリックが小さく頷いたので、中身を確認する。


そこには驚愕の内容が書かれていた。


手紙の内容が長すぎるので要約すると、舞踏会で助けてくれたことへの感謝から始まり、その日からセドリックのことを考えると夜も眠れない日々が続いていると書かれており、最後にはデートに誘い出すのはいいが、来なかったら傷心で行きずりの男とどうにかなってしまうだろうと脅すような文言まで書かれてあった。


ベアトリクスーーー!!!!


心の中でベアトリクスの暴走に怒りを覚えながら、手紙を持つ手がわなわなと震えていた。



「......内容には、驚かされた」


「そうね、わたしも驚きだわ...」



何も考えずに思ったことを素直に口に出すと、セドリックはますます眉をひそめる。



「君が、書いたものじゃないのか?」


「えっ!?あっ、書いたかもしれないし、そうじゃないかもしれないし...何せ、寝不足で記憶が曖昧で...」



ベアトリクスを庇いつつ、下手な言い訳でその場を乗り切ろうとする。


セドリックに睨まれて、冷や汗が止まらない。


本当になんてことしてくれるのよ、ベアトリクス!!!


頭の中のベアトリクスが笑顔で『だって、お二人のデート話、聞きたかったんですもの』って無責任なことを囁いている。


わたしの反応に違和感を感じ、何かを察したセドリックは大きくため息を吐いた。



「何か、事情があるんだな」


「まぁ...えっと、...はい」



ここでベアトリクスのことを白状すればいいのだが、そもそもはわたしが曖昧な発言をしたせいでもあるから、一概に全て彼女のせいだとも言えない。


だから、笑顔で誤魔化すことしか出来ない。



「......まぁ、いい。元々、確認するために来た。君が、変な気を起こしていないようだったら、問題ない」



ほっと胸を撫で下ろす。


なんとか、誤魔化せた。


セドリックのほうから折れてくれた気もするが、細かいことは気にしない。


それにしても、こんな訳の分からない、道理が通っていない手紙の真意を確かめにわざわざ来てくれるなんて、セドリックって本当に責任感が強いのね...。


ここまで来ると感心してしまう。


でも、もうここにいる必要はなくなったってことよね...?


このままここでお別れと思うと、胸の奥が微かに痛む。


下唇を軽く噛み、手をぎゅっと握る。


そして、意を決してセドリックを見上げる。



「あの、この後お付き合いしていただいても...?」



セドリックからの反応はない。


反応が返ってくるのが怖くて、勝手に口が動き出す。



「その、せっかく花の都、トーダムデムに来たのだからこのまま帰るのも勿体ないじゃない?それに、わたし、花も買いに行きたいし...」



なんか、いい言い訳がないかと話しながら考えてるうちに、大袈裟に身振り手振りをしてしまう。


完全に挙動不審な人になっているが、必死だったので気付かない。


少し落ち着いて、胸を高鳴らせながら、返事を待つと、セドリックは躊躇いがちに口を開いた。



「..........問題ない」


「本当に!?」



肯定の返事が返ってきたので、思わず声を張り上げる。


セドリックは腕を組んだまま、頷く。



「...この混雑だ。単独で動くのは望ましくない」



相変わらず責任感の塊みたいなことを言っているけど、そんなこと気にならないぐらい嬉しかった。


心が軽くなり、無意識に自分から距離を詰め、セドリックの腕を引く。



「それじゃあ、まずはあっちに...」



わずかに体制を崩し、こちらに引き寄せられたセドリックと目が合う。


驚いているように目を見開かせていて、そこで気付く。


こういうのが軽率な行動だったということに。



「ご、ごめんなさいっ...」



慌てて手を離そうとしたが、その直後にその手首を掴まれる。



「そのままで、いい」



低く落ち着いた声でそう言って、セドリックは腕をほどき、今度はしっかりと手を繋いできた。



「人が多い。はぐれる」



腕を引かれ、そのまま人混みの中を歩いていく。


さっきまで自分が掴んでいたはずなのに、いつの間にか立場が逆になっている。


繋いだ手の温度に、胸の奥が妙にざわついた。




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