26.
「あの、アンナ様...お伺いしてもよろしいですか?」
お茶の流れから打ち解けた頃、ベアトリクスが落ち着かない様子でティーカップの縁をなぞる。
「...え、えぇ」
何を聞かれるのかと身構えると、ベアトリクスは大きく息を吸い込んだ。
「アンナ様は、セドリック・レッドフィールド様を誘惑したと噂の、あのアンナ・グランヴィル様で間違えありませんか!?」
「はっ..!?いや、ちょっとまっ...ごほっ」
ベアトリクスの言葉に驚き、咳き込む。
わたしの反応を他所に、ベアトリクスが興奮気味に続ける。
「あの時はわたし、知らなかったのですが、周りの方が噂されていたのを耳にしてからずーっと気になってたんです!!!もしかしたら女性に興味がないかもしれないと評判のセドリック様と婚約されたってだけでもすごいのに、それを破棄したうえに、まだセドリック様からご執着続いているというのは本当なのでしょうか!?」
すごい熱量で迫ってきて、思わず引いてしまう。
というか、話がものすごく湾曲されている。
婚約は破棄されたほうだし、セドリックからの執着って話もたぶん誤解だ。
「と、とりあえず一旦落ち着いて」
「はっ!!申し訳ありません、つい...」
身を乗り出して机に登る勢いだったベアトリクスは正気に戻り、椅子に座り直す。
けど、期待の眼差しをものすごい向けられている。
どこまで話せばいいのやら...。
とりあえず、アンドリューのことはそれとなくぼかして、セドリックの誤解を解かなければ。
「えっと、セドリックと婚約していたのは事実よ。...でも、破棄をしたのはわたしのほうではなく、セドリックからよ。それにその婚約もただの義務というか、必要に迫られて仕方なくで...」
我ながら歯切れが悪く、誤魔化すのが下手である。
ベアトリクスは首を傾げる。
「そうなのですか?でもセドリック様はまだアンナ様を想っているように見えますが...」
「それはきっと気のせいよ。セドリックは別に、わたしのこと...なんとも思ってないわ」
自分で言ってて虚しくなる。
何が悲しくてわたしがセドリックの気持ちを弁明しなきゃならないのよ。
「でも...、アンナ様の姿が見えなくなったってお伝えしたときのセドリック様、血相を変えて誰よりも早く行動されていましたよ。本当に、何も思われてないんでしょうか...?」
「責任感の強い人なのよ...」
「そうなんですか...」
ベアトリクスの興奮がみるみるうちに冷めていく。
申し訳ないけど、事実なので仕方がない。
それよりもベアトリクスの発言の中で気になる部分があった。
「セドリックたちに助けを求めてくれたのってあなただったの。ベアトリクス」
舞踏会で拉致されたとき、助けが来たのがやけに早かったような気がしてた。
あんなにたくさん人がいる中で、少しの間、姿を見せなかっただけで、事件に巻き込まれたなんて本来すぐに発覚するはずがない。
あそこまで迅速に事が処理されたのはベアトリクスのおかげだったのか。
「いえ、セドリック様たちに直接申した訳ではないんです。近衛兵に声をかけたときに運良く王太子殿下とセドリック様が通りかかり、お二人が気付いてくださったのです」
「そうだったの...。ありがとう、ベアトリクス」
感謝を伝えると、ベアトリクスは大げさに首を横に振る。
「そんな、感謝していただけるようなこと、わたししていません。そもそもわたしが原因みたいなものですし....」
「でもベアトリクスが気付いてくれたおかげで軽い怪我だけで済んだのよ。やっぱり、ありがとうだわ」
ベアトリクスは照れくさそうに小さく笑う。
「あの、話を戻すようで申し訳ないのですが、それじゃあアンナ様とセドリック様の間にはもうなにもないのでしょうか...」
「うっ...」
控えめに言われた言葉が地味に心を抉ってくる。
「そ、そんなことはないんじゃないかしら...」
少なくともアンドリューのことは共有してるし。
でも結局はアンドリュー繋がりなのが、なんか悔しいと思ってしまう。
しかし、その言葉を聞いたベアトリクスは全く違う解釈をしてしまっていた。
「それは、つまりまだ復縁の可能性があるってことなんですね!!!」
鎮火していた熱が再び燃え上がる。
「それは、ちょっと違うかな...?」
「何が違うんですか?これからも何かしら関係を続けていかれるんですよね?だったら、復縁する可能性は十分あります!!いえ、むしろ復縁しかありません!!」
「べ、ベアトリクス...?」
熱量が強すぎるベアトリクスに圧倒されていると、肩を強く掴まれる。
「アンナ様、セドリック様をデートに誘いましょう!!」
「デ、デート!?」
なんで、そうなるの!?
話がぶっ飛びすぎて、ついていけない。
「もうすぐ花の日があるじゃないですか。そこにセドリック様を呼び出して、デートに誘うんですよね」
花の日とは、春の始まりを祝う日の別称。
本来なら春の到来と夏の実りを祝う祭事みたいなものなのだが、人々の間ではその日に親しい人に花を贈るというイベント的な日でもある。
今は友人や家族などに贈る人も増えてきたが、昔は恋人同士で贈るのが多かったため、今でも恋人たちの日という印象が根強く残っている。
そんな日にセドリックをデートに誘うなんて、変な誤解を招きかねない。
というか、そもそも誘ったら来てくれるのかという問題がある。
そして断られたら普通に傷つく自信がある。
「ちょっと、無理があるんじゃないかしら...」
「そんなことありません!!」
「第一、セドリックが呼び出しに応じてくれるかどうかもわからないし...」
「それは問題ありませんわ!!そこはわたしに任せてください!!」
やんわりと拒否しているのに、話がまるで通じてる気がしない。
ベアトリクスの性格が変わりすぎて、若干の恐怖さえ感じている。
「とにかく!!アンナ様は花の日に、セドリック様とデートしてきてください!!そして、その日起きたことを教えていただきたいのです!!!」
「は、はい...」
ベアトリクスの圧の強さに思わず、首を縦に振ってしまった。
なんでわたしの周りには、こう、人を振り回す人ばっかり集まってくるのだろうか。
それとも、わたしが押しに弱いのか...?
こうして、ベアトリクスに勝手にデートの取り付けをされたわたしは内心不安に思いながら、花の日まで過ごすことになった。




