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17.



次の日の朝。


いつも通り朝食をとりに食堂に向かうと、セドリックは既に自席で食事を終えていた。



「おはよう、セドリック」


「...おはよう」



挨拶をすると、返事が返ってくる。


いつも通りの朝だ。


今日は天気がいいし、昨日植えた苗の様子でも見に行ってみよう。


あとは、今後植える花のために少しだけ土を耕して...


今日の予定を立てながら、ティーカップに手を伸ばす。



「アンナ嬢」


「何?」


「婚約を、破棄しよう」



セドリックの言葉に、手が止まる。


...え、何言って


ゆっくりと顔を上げる。


セドリックは真っ直ぐとこちらを見ている。



「君と、わたしの婚約関係を破棄する。グランヴィル子爵には、わたしから事情を説明しよう」



困惑で言葉が出ないわたしをよそに、セドリックが淡々と話を続ける。


他愛もない日常会話をしているような口ぶりだ。



「....なんで、急に」



振り絞るように出た言葉は、自分が思ってるより震えていた。


わたしの反応とは裏腹に、セドリックは落ち着いて、いつも通りだった。



「わたしが、君と婚約したのは君を死なせないためだった。今の様子だと、その必要はないと判断した」


「それはそうだけど...」



昨夜はそんな素振りは少しも見せていなかったのに、あまりにも急すぎる。



「事務的なことは、こちらで済ませておく。君は、出ていきたいときに出ていけばいい」



頭が混乱したまま話が勝手に進んでいく。


反論したいが、何を言えばいいかわからず、机の下でスカートをギュッと握りしめる。



「それでは、失礼する」



席を立ち、わたしの横を通り過ぎ、セドリックは食堂から出て行った。


一人、取り残されたわたしはどうすることも出来ず、ただ食卓の上の朝食に視線を落とすことしか出来なかった。





それからあれよあれよと話が進んでいき、わたしはセドリックの屋敷からグランヴィルの家に戻ることになった。


正直、家に戻るまでの数日間はあまり実感が湧かなかった。


屋敷を離れる前日、サラとセシルが盛大にお別れ会を催してくれて、そこでやっと自覚した。


もうわたしは、ここにいてはいけないんだということを。


家に帰る当日、屋敷から馬車までの道に使用人たちがずらりと整列していた。


心なしかみんな寂しそうにしてくれて、サラに至っては涙を隠す気もなく、ぼろぼろと泣いていた。


その隣でセシルがサラの涙を拭いていたが、セシルの目元も少し赤く、胸が締め付けられた。


馬車に乗り込もうとすると、庭師のマーチに呼び止められ、丘の上に植えたラナンキュラスの苗が一つ入った植木鉢を渡される。


マーチは、責任を持って育てると約束してくれた。そして、出来ることなら咲いた景色を見せたかったとも。


そこで堪えてた涙が溢れ出そうになり、わたしは短く別れを告げ、急いで馬車に乗った。


馬車に乗ると、御者が合図をし、ゆっくりと動き出す。


どんどん遠ざかっていく屋敷は、涙で見ることが出来なかった。


そして、セドリックとは婚約破棄を言い渡されたあの朝から会っておらず、最後まで姿を現すことはなかった。





「お嬢様!!アンナお嬢様!!」


「....えっ、あ、なに、リース」


「なにじゃありませんよ!そんなにお砂糖入れたら、コップが持ち上がらないじゃないですか!!」



リースの言葉で手元を見ると、紅茶の入ったティーカップの中に角砂糖が山盛りになっていた。


...これは、確かに盛りすぎね...


とりあえず、液体に浸っていない上の方の砂糖を救出すべく、また手を動かす。


グランヴィルの屋敷に戻ってくると、ここでも使用人一同喜んで迎え入れてくれた。


戻ってきたその日なんて、普段あまり感情を見せないお母様がよかったと安堵して、わたしを抱き締めてくれた。


今思い返せば、最後にこの家を出た時、わたしは餓死寸前で、生気が殆どなくなっていた。


その頃に比べれば、だいぶ艷やかになって戻ってきたから安心しだのだろう。


わたしはというと、特に何も変わっていなかった。


朝起きて、ご飯食べて、少し土いじりをして、読書をする。


アンドリューが死んで、セドリックに無理やり連れて行かれる前までの生活に戻っていた。


むしろこのままアンドリューがひょっこり帰ってきそうな感じまでする。


でも、現実はそうじゃない。


アンドリューはもう帰ってこないし、セドリックは....


家に帰ってきて、日常が戻ってきたはずなのに、胸の奥にぽっかりと穴が開いてしまったようだった。



「そういや、アンナ様、あの話、どうします?」



ちゃっかりと隣に座って、お茶を飲んでるリースが思い出したかのようにスカートのポケットに入ってたものを渡してきた。


それは、王宮主催の舞踏会の招待状だった。



「あー...、これね...」



最近ぼんやりしてて、忘れていた。


アンドリューが生きてた頃は、アンドリューが家の代表としてそういう催しに参加していた。


アンドリューがいない今、わたしに招待状が来るのは当然のことなんだけど、王宮主催ってのが引っかかる。


だって、また王太子に会う羽目になるかもしれないじゃない!?


そう考えると、行くのを躊躇ってしまうというか、行きたくないというか...


うーんと頭を抱えてると、リースが続ける。



「王宮主催だったら、セドリック様にお会いできるんじゃありませんか」


「なっ...!!どうして、そこでセドリックが出てくるの!!」



突然、セドリックの名前が出てきて戸惑う。



「えー、だって、アンナ様ったらレッドフィールドのお屋敷から帰ってきて、ずっと心ここにあらずだったしー。それにー」



リースは机の上に置いてあるハンカチを指差す。



「そのハンカチ、セドリック様から頂いたものですよね。ずっと、肌身はなさず持ってるじゃないですか」


「こ、これは、その最近砂ぼこりがすごいから...」



口籠るわたしを、リースがじーっと見てくる。


視線に耐え切れず、コップの中の紅茶を飲む。


砂糖をたっぷり入れてたことを忘れていたので、甘さに思わずむせ返ってしまった。


別に、セドリックのことなんて気にしてない。


ハンカチだって、たまたま衣装棚の一番上にあるものをいつも持っていただけだもの。



「とにかく、セドリックは関係ないわ!わたしは、王太子に会いたくないの!!」


「もぉー、だったらそのハンカチ返しに行くって理由でも何でもいいから行けばいいじゃないですか」



何故か面倒くさがり始めたリースが気怠そうに、口を尖らせる。



「何言ってるの!!そんな理由で...」



そこまで言いかけて、気付く。


そういえばわたし、セドリックに謝罪や感謝は伝えたけど、ちゃんとお別れを言っていなかった。


あの時は突然過ぎてそういう発想に至らなかったし、セドリックも寄宿学校に戻ってて、物理的に無理だった。


だったら、この舞踏会は絶好のチャンスじゃないだろうか。


ついでにこっちには何の相談もなしで勝手に始めて勝手に終わらせたことにも文句の一つや二つ言いたいところだ。


段取りってもんがあるでしょ、段取りってもんが!!


久しぶりにやる気が湧き上がり、勢いよく立ち上がる。



「わたし、行くわ、舞踏会!!」


「おわっ、急に立ち上がらないでください」


「行って、セドリックに言ってやるんだから!!」


「何をです?」


「...それはまだ決めてない。けど、会ったら自然と出てくるはずよ!!」



うおぉぉと意気込むわたしにリースは冷ややかな視線を送っていた。



(これ、絶対にうまくいかないパターンですよ)




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