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16.



「名残惜しいと思うが、そろそろ帰るとしよう」



リチャード殿下はティーカップに残ったお茶を飲み干した。


別に名残惜しさは全くないので、早く帰ってほしい。


でもそんなこと面と向かって言ったら、またなんか面倒くさい絡まれ方されそうなので、静かに微笑むだけにした。



「とてもよい時間だった。また来るぞ、アンナ・グランヴィル」


「もう来ていただかなくて、結構です」



つい本音がこぼれたが、殿下は気にする素振りを見せず、高笑いしながら部屋を出て行った。



「殿下の見送りをしてくる。アンナ嬢、君は早めに休んだほうがいい」



セドリックも殿下の後を追うように、部屋を後にした。


嵐のような人だった...


疲れが一気に来て、肩を落とし、ソファに深く体を預ける。


一人になり、やっと気が休まると、深く息を吐く。


リチャード殿下の話は、本当に突拍子もないものだった。


実はアンドリューが生きていて、隣国の諜報員だったなんて、そんなことありえるはずがない。


確かにいつも飄々としてるけど、いつもヘラヘラしてて何考えてるかたまにわかんなくなることもあるけど。


それでも家族のいるこの国を裏切るようなことは絶対しない。


そして何よりも、もし生きているとしたら、何があってもわたしところに帰ってくるはずだ。


わたしは、アンドリューから貰ったペンダントを胸に抱き寄せた。





その日の夜、わたしは離れの塔のバルコニーに来た。


今日の昼に花を植えた丘を見る。


あそこに花が咲く景色を想像すると、自然と頬が緩む。


今日は三日月だから、花が咲くのは次の満月が過ぎたあたりか...


空に浮かぶ月を見上げて、花の開花日を確認していると、夜風が鼻をくすぐった。



「...っシュン」



小さくくしゃみが出る。


もうすぐ春でも、やっぱり夜は冷えるわね。


薄着で出てきたことを少し後悔しながら、両腕を擦る。


すると、後ろから人の近付く気配がした。


たぶん、サラかセシルがガウンでも持ってきてくれたのだろう。


監視されてるとこういう時、ちょっと楽よね。


後ろを振り返ると、そこには意外な人物が立っていた。



「...セドリック...」


「夜風は冷える。これを着たほうがいい」



セドリックは持っていたガウンをわたしの肩に掛ける。



「あ、ありがとう...」



戸惑いが隠せず、お礼が辿々しくなってしまう。


その後、特に何か言われることもなく、二人の間に沈黙が走る。


なんで来たのだろう。


もしかして勝手にバルコニーに来ていることを直々に注意しに来たとか...!?


脳内で色々と考えていると、先に沈黙を破ったのはセドリックだった。



「今日、殿下が言っていたことは気にしないほうがいい」



まったく予想していなかったことを言われたので、少々面を食らう。



「...アンドリューが生きてるかもしれないって話のこと?」


「...あぁ。本来、君には言うはずのない話だった。混乱させたら、申し訳ない」



セドリックは目を伏せる。


やっぱり、セドリックは知っていた。


だから途中でリチャード殿下の話を遮ろうとしてくれたのね。


昼間の殿下の高笑いが脳内を木霊し、若干イラッとする。



「別にセドリックのせいじゃないでしょ。殿下が勝手に話したことなんだから」


「しかし...」


「それにね」



少しだけ言葉を切る。


こんな話をするつもりはなかったのに、どうしてか、今なら話せる気がした。



「わたし、そこまで気にしてないのよ」



自分でも少し不思議だった。


確かに話を聞いてた時は動揺したけど、それを引きずることはなかった。


視線をセドリックから外して、遠くの街の灯りを見る。



「....わたしね、アンドリューがいなくなってから、毎日会いたいと思ってた」



声が少しだけ小さくなる。


会いたくて会いたくて、今すぐ死にたいと本気で思ってた。


アンドリューがいなかったら、生きてる意味がないって暗闇の中を生きているみたいだった。



「でも」



一度、息を吸う。



「いなくなってから、知らなかった景色も見えるようになったの」



王都の夜の輝き。


教室に差し込む木漏れ日。


お祭りの幻想的な光。


全部、初めて見る景色だった。


もし、あの日あのまま終わってしまったら、きっと見れなかった景色だ。



「だから」



もう一度、セドリックに向き合う。



「わたしを生かしてくれて、ありがとう。セドリック」



セドリックが息を呑む。


一瞬、二人の視線が交差したが、セドリックに逸らされる。



「...わたしは、何もしていない」



いや、婚約したり、屋敷改造したり、監視までつけておいて、それは無理があるでしょ。


でも、セドリックらしい反応で思わず笑ってしまう。



「少なくとも、あの時あなたがいなかったら、わたし餓死するとこだったわ」


「...君が、」



セドリックが口を開く。



「君が生きているのは、君の意志の強さだ。わたしは、関係ない」



灰色の瞳が真っ直ぐとわたしを射抜く。


...本当にブレないのね、この人は。


小さくため息をつく。



「それじゃあ、この間の謝罪と同じ。わたしがあなたに勝手に感謝しているの。だから受け取って」


「だが...」


「う・け・とって」



渋るセドリックに、少しだけ距離を詰め、上目使いで睨む。


少し困る様子を見せたセドリックだったが、諦めたように肩を落とした。



「...わかった。受け取ろう」



今まで散々振り回されてきたから、少しだけ仕返しできたみたいで、悪くない。



「あ、それとね、セドリック」



言い忘れていた事があったので、再度声をかける。



「もし、アンドリューが生きてたら躊躇わずに教えてね。ぶん殴りに行くから」



思いもよらない言葉だったのか、セドリックは珍しく目を瞬かせた。



「...あぁ、そうしてくれ」



そして、目を細め、少しだけ微笑んだように見えた。


その表情に、胸の奥がじんわりと温かくなった。


不思議と、嫌ではなかった。



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