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15/21

15.



「さて、落ち着いたところで、改めて紹介するとしよう」



さっきまで一人で勝手に騒いでいた王太子が、お茶を飲んで落ち着いたらしい。



「俺は、リスタータ王国第一王子、リチャードだ。この国一番の美しさを誇る男なので、見惚れることを許す。さぁ、崇め褒め称えるがよい」



自信満々なしたり顔でそんなことを言われても、とても反応に困る。


それになんだろう、なんかちょっとイラッとするなこの人...


リチャード殿下の言動に戸惑いながら、わたしの隣に座るセドリックを横目で見るが、まるで動じていない。


むしろこんなの日常茶飯時ですよみたいに、王太子が発言してるのに普通にお茶飲んでる。強い。


目の前の王太子と、隣のセドリックの温度差が激しすぎて、かなり特殊な空間になっているが、呑まれてはいけない。


自分を律するために首を振り、恐る恐る王太子、リチャード殿下に話しかける。



「あの、王太子殿下... 。よろしいでしょうか」


「硬いぞ、アンナ・グランヴィル。リチャードでよい」


「では、リチャード殿下」


「うむ」



背筋を伸ばし、少しだけ息を吸う。



「殿下は、アンドリューのことを、ご存じなんですか?」



先ほどの殿下の発言の中に、確かにアンドリューという名前が出ていた。


気になって聞いてみると、殿下は大きく頷く。



「あぁ、知っているとも。アンドリューは寄宿学校での学友だ。よく一緒に退屈な授業を抜け出していたな」



その時を思い出すように殿下は腕を組み、何度も大きく頷く。


発言からするに、この人もアンドリューと同じく問題起こす側の人間だ。


隣のセドリックがどこか遠い目をしてるということは、アンドリューとセットで相当苦労させられてきたことが想像できる。


セドリックに少し同情してしまう。



「とても、愉快な男だった。あれほど愉快な男は中々いない。だから、アンドリューを失ったのは、とても惜しい」



殿下の顔は笑っていたが、少しだけ悲しげに見えた。


その姿を見て、アンドリューは学校でも愛されていた存在だったのだろうと、胸の奥が少し温かくなった。



「さて、話を少し変えよう。アンナ・グランヴィル」



リチャード殿下が目を細め、足を組み替える。


それだけで空気が変わり、思わず身構える。



「聞くところによると、アンドリューの遺体は谷底に落ち、行方がわからないのだったな」


「...はい」



下が見えないくらい深い谷底に落ちていったので、回収は疎か確認することもできていない。



「つまり、誰もやつの死を直接見たものはいないということだな」



殿下の言葉に目を見開き、息を呑んだ。


確かに、殿下の言う通り、アンドリューが死んだのを直接見た人はいない。


だけど、あんな深い谷に落ちて助かる人なんていない。


現にアンドリューが乗っていた馬車の一部が谷に流れている川の麓の町まで流れ着いている。


だけど、全て状況判断に過ぎない。



「殿下」


「口を挟むな、セドリック。俺は今、アンナ・グランヴィルと話している」



言葉が出ないわたしを庇うようにセドリックが口を開くが、殿下がそれを許さなかった。



「不思議なことが起きてるのだ。アンドリューがいなくなってから、隣国の動きが怪しくなっている」


「殿下」


「黙れと言ってるんだ、セドリック。次はない」



低く、重圧的な声でセドリックを制す。


その姿に、先ほどの親しみやすい王太子殿下の面影はまったく感じられなかった。



「...何が、言いたいのでしょうか」


「率直に言おう。まだ確証はないが、アンドリューが隣国の諜報員だと、疑われている」



あまり聞き馴染みのない言葉に一瞬、耳を疑った。


アンドリューが諜報員って...



「そんな、ことあるはずないです...」


「俺も、友人を疑いたくはない。だが、それとこれとは話が別だ。国に有事があってからでは遅いからな」



胸が不穏に高鳴る。


言ってることは理解できるが、思考が追いつかない。


どういうこと?


アンドリューは生きてるの?


でも諜報員って、なに?


頭の中で様々な疑問が浮かび上がっては消えていく。


自然と呼吸が浅くなる、胸のロケットを力強く握る。


その瞬間を狙っていたのか、リチャード殿下がわたしの胸元を指差す。



「そのペンダント、同じものをアンドリューも持っていたぞ。アンナ・グランヴィル」



獲物を捕らえたかのような鋭い睨みに、体が小さく震える。


...なるほど、わかったわ。


この王太子、わたしのことも疑っているのだ。


アンドリューの突然の死。

それと同じ時期に怪しい動きを見せる隣国。

そして、辺境から現れた双子の妹。


確かに事情を知らなければ、わたしの存在ってかなり怪しすぎよね。


でも、こっちはこっちで色々あったんだから!!


なんとか反論しようと、身を乗り出そうとすると、隣にいたセドリックが殿下から隠すようにわたしの前に立った。



「殿下。たとえ殿下でも、わたしの婚約者を愚弄することは看過できない」



静かに、だが微かに感情が込められた声だった。



「ほう。...それは反逆の意志表示と受け取ったほうがいいのか?」



セドリックの背中で二人の表情がまるで見えないが、なんか流れ的によくないと察知し、セドリックの服の裾を引っ張る。



「わたしは、大丈夫だから」


「しかし...」


「大丈夫だから!!」



まだ納得していないセドリックをなんとか座らせて、再度目の前のリチャード殿下と向き合った。



「...このペンダントは、アンドリューから貰った大切なものです」


「アンドリューも同じものを持っていたぞ」


「お揃いのものなので、同じ形のものを持っていても不思議ではありません」


「同じものではないという証拠は?」



中々引き下がらない殿下を軽く睨む。



「同じものではないということを証明することは難しいですが、お見せしたいものがあります」



ペンダントを首から外し、リチャード殿下の前に差し出し、ロケット部分を開ける。


そこには荒々しく彫られた文字が刻まれている。



『A to A  愛を込めて』



アンドリューからアンナへ、双子の兄から妹への想いがそこには込められていた。



「この刻印は、アンドリューが彫ったものです。寄宿学校のアンドリューの机にも同じようにアンドリューの名前が彫られています。彫り癖を確認していただければ、同じ人が彫ったものだと断定できるはずです」


「...それで?それが何の証明になるのだ」


「証明ではありません。このペンダントはただのわたしにとっての宝物で、国家を危険に脅かすようなものではないということを言いたいのです」



殿下は何も言わず、ただわたしを見据える。



「もし、まだ疑いがあるのでしたら、ご自分の手で持って確かめてみてください。何の変哲もないただのペンダントですから」



わたしは殿下にペンダントを手渡す。


ペンダントを受け取った殿下は、ロケットの中身を見たり、外側を指でなぞったりして、怪しいところがないかと調べている。


本当は、あんまり他人にベタベタ触られたくないけど、仕方ないと我慢する。



「ふむ。確かにただのペンダントのようだな」



気の済むまで調べ尽くしたのか、殿下はつまらなそうな表情でペンダントを返してきた。



「よかろう、アンナ・グランヴィル。貴殿への疑惑は晴れた」


「じゃあ...」


「しかし、アンドリューへの疑いはそのままだ。不可解なことが多すぎる」



安堵したのも束の間、殿下の視線は鋭いままだった。


ぐっ...やっぱりペンダントだけだと、アンドリューの疑惑まで晴らすのは難しいわね。


ドレスをぎゅっと握りしめ、リチャード殿下を睨みつける。


緊張感が走り続ける部屋で、沈黙が流れる。



「くっ、はははははははは」



すると突然、目の前の殿下が堰を切ったように笑い出した。



「よい!よいぞ、アンナ・グランヴィル。俺は、貴殿を気に入ったぞ」



驚いて、目を瞬かせる。


隣のセドリックに目配せすると、セドリックは呆れたように大きなため息をついている。



「殿下、ご説明を」



セドリックの声に珍しく怒りがこもっているのがわかる。



「なに、セドリックがアンドリューの妹と婚約したと聞いてな。例の件もあったので、ついでに試してみたまでだ。アンドリューに聞いていた通り、中々肝が据わっている」



は?


はあぁぁぁぁぁぁぁぁ?


リチャード殿下の言葉に耳を疑う。


なんだそりゃ、そんな自分の好奇心のためにわたしに圧をかけていたってこと!?


そんなもののために、わたしは宝物まで差し出したってこと!?


さっきまであったリチャード殿下への畏怖心がみるみるうちに無くなっていくと同時に怒りが沸々と湧き上がってきた。


初めからなんとなく思っていたが、控えめに言って、この王太子、苦手だ。



「リチャード殿下。よろしいでしょうか」


「うむ、許す」


「わたし、世間に疎くて知らなかったのですが、最近の王族の方は女性の秘密を暴いたところで、謝罪の一つも出来ないぐらい礼儀作法がお粗末になっていたのですね」



特上な笑顔で、これ以上ない嫌味をリチャード殿下にぶつけてやった。


殿下は目を見開かせて驚いていたが、徐々に顔を緩ませ、また大笑いし始めた。


いったい何がおかしいのだろうと、腹立たしさだけが増していく。


控えめに言わずとも、苦手だ。



「すまない、確かに貴殿の言うとおりだ。今回は少々やり過ぎた」



ひとしきり大笑いしたあと、目元の涙を拭きながら、殿下は謝罪した。


正直軽すぎると思ったが、まぁよしとしよう。



「殿下。わたしにも謝罪を」


「ん?お前は何故怒っているのだ、セドリック」


「謝罪を」


「なんか、怖いぞ、お前」



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