それでも、俺は“元に戻らない”
世界の境界は、
もう隠されていなかった。
空が、
二重に見える。
街の上に、
もう一つの世界の輪郭が重なっている。
《世界再接続:進行中》
《安定率:低》
王都。
人々は、
異変に気づき始めていた。
「……空、
おかしくないか?」
「……夢、
見てるみたいだ」
誰も、
“物語”という言葉を使わない。
だが――
違和感は共有されている。
境界。
外側。
レオンは、
そこに立っていた。
向こう側には、
世界がある。
かつて守ろうとした場所。
追放された場所。
それでも――
人が生きている場所。
《管理者通信》
声が、
直接、脳に響く。
「対象レオン」
「あなたに、
最終判断を
要求します」
レオンは、
答えない。
「世界再接続には、
“観測外存在”の
確定が必要です」
「あなたが――」
「世界に戻るか」
「あるいは――」
「完全に切り離されるか」
沈黙。
「……戻れば」
管理者の声が続く。
「評価は、
再統合されます」
「あなたは、
再び“英雄”として
扱われる」
「世界は、
安定する」
「犠牲は――
最小限です」
レオンは、
静かに息を吐いた。
(……最小限、か)
頭に浮かぶ。
ギルドの受付嬢
名も知らない街の人
外側で死んだ者たち
判断を間違えた男
「……質問がある」
「どうぞ」
「俺が戻った後」
「外側は、どうなる?」
一拍。
「……閉じます」
「未定義領域は、
世界安定のため
不要です」
(……そうだろうな)
レオンは、
笑った。
「……つまり」
「俺が戻れば――」
「外側で生きている連中は、
全員“なかったこと”になる」
沈黙。
それが、
答えだった。
「……世界は、
救われる」
管理者は言う。
「英雄が戻れば、
物語は一本に戻る」
「……だが」
「選ばれなかった物語は、
切り捨てられる」
レオンは、
ゆっくりと首を振った。
「……俺は」
「英雄になりたいわけじゃない」
「世界を、
壊したいわけでもない」
一歩、
境界から下がる。
「……でも」
「誰かの生きた痕跡を、
“不要”として消す選択は、
しない」
《警告》
《世界安定率:急落》
管理者の声が、
少しだけ強くなる。
「……理解してください」
「世界は、
全員を救えません」
「……知ってる」
「だから――」
「救えないからって、
なかったことにするのは、
違う」
レオンは、
振り返る。
背後には、
外側の仲間たち。
不完全で、
危険で、
正しくない存在たち。
「……俺は」
「選び続ける」
「間違えるかもしれない」
「失うかもしれない」
「でも――」
「物語を一本に
戻すために、
命を整理する気はない」
沈黙。
管理者は、
初めて感情を滲ませた。
「……それは」
「世界を、不安定にします」
レオンは、
即答する。
「……だろうな」
「でも――」
「それが、生きてるってことだ」
《最終選択》
《世界再接続:拒否》
《観測外存在:確定》
空が、
大きく軋む。
世界と外側の境界が、
完全に分かたれる。
王都。
人々は、
空を見上げ――
そして、
何も起きなかったかのように
日常に戻る。
ただ一つ。
**「説明できない違和感」**だけを残して。
外側。
静寂。
レオンは、
深く息を吐いた。
「……終わったな」
影の人が、
小さく笑う。
「……始まった、だろ」
レオンも、
笑った。
(世界は救わなかった)
(でも――)
(世界に、
使われもしなかった)
追放された最弱は、
この日。
選んだ。
世界を救う英雄ではなく、
物語を切り捨てない存在になることを。
それは――
勝利ではない。
だが。
誰にも奪われない結末だった。




