根源の記録者と、自由を定義する者
白い道を進むにつれて、B.Z.E.の空気はさらに薄くなっていく。
呼吸が苦しいわけではない。
ただ、空間の“質”そのものが、すでに生命のいる場所ではなくなっていた。
(……未来核までは、もうそう遠くないはずだ。)
だが、EP93で遭遇した“影”の存在が胸を刺していた。
――未来線を奪う
――選択者を排除する
――触れてはならない存在
その言葉のひとつひとつが、思考の隙間に食い込んでくる。
レオンは深く息を吐き、歩みを進めた。
足元に広がる白い線がふっと途切れ、暗闇が口を開ける。
次の瞬間、空間全体が淡い青色に染まった。
光の粒が生まれ、渦になり、レオンの前に“門”が形成されていく。
門は捻じれた輪のようで、触れれば消えそうなほど薄い。
(第5構造層への入口……“調整層ゲート”か。)
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
温度も、重さも、時間も――すべてが数値化できないほど曖昧になる。
レオンの視界の端で、細い線が揺れた。
それは金色でも黒でもなく、淡い蒼色。
(……未来線じゃない。これは……)
“存在線”だった。
未来線が道であるなら、存在線は“その道を歩く者の軌跡”。
しかし、その蒼い存在線は震えていた。
まるで捕らわれたように、道の端へと引きずられている。
「これは……誰かの存在が“引かれている”?」
レオンは思わず線に手を伸ばした。
触れた瞬間、身体に強い衝撃が走る。
蒼い線に重なるように、誰かの声が響いた。
『……助けて……』
(この声……違う。断片の声じゃない……
“まだ生きている存在”の声だ。)
次の瞬間、空間が裂けた。
黒い霧が溢れ、蒼い線を強引に引きずり込もうとしている。
レオンは叫んだ。
「やめろ!!」
霧の中から、低い声が返ってくる。
「……来たか、選択者。
お前が選び取った未来線の“代償”、
まだ理解していないようだな。」
(また……あの影。)
しかし、前より実体が薄い。
EP93で遭遇した時よりも形が崩れている。
まるで、存在そのものが“この層では安定しない”かのように。
レオンは蒼い線を引き戻しながら言う。
「これは誰の線だ!?
何を奪っている!」
影はゆらりと揺れ、嘲笑するように答えた。
「お前の選んだ未来線は……
“誰かの存在”と重なっている。
その誰かは、本来この未来に入れない。
だから俺が“排除”しているだけだ。」
レオンは蒼い線を強く掴み、引き戻す。
「ふざけるな!
選ばれなかった未来の断片と違う!
まだ生きている誰かの存在だ!!」
影は腕のようなものを伸ばし、線をさらに奪おうとする。
「選択者の未来に重複は不要だ。
ひとつで足りる。
“余分な存在”は消えるべきだ。」
その言葉で、レオンの胸が強く疼いた。
(余分な存在……
俺が選んだ未来に重なる誰かがいるというのか?
その誰かを……こいつは消そうとしている?)
蒼い線の奥から、微かな声が漏れた。
『……れおん……』
その声で、心臓が凍りついた。
「……俺の名前を……呼んだ?」
誰だ……?
どの未来からだ……?
なぜ俺の名を知っている……?
影は揺らぎ、レオンを指差した。
「知りたいなら、第5構造層へ来い。
“誰が重なっているか”を確かめろ。
その先に、お前の選んだ未来の本当の“答え”がある。」
黒い霧が広がり、蒼い存在線を強引に断とうとする。
レオンは全力で引き戻し、叫んだ。
「離れろ!!!」
光が弾け、霧が裂けた。
蒼い線の震えが収まり、ひとつの光の粒となってレオンの掌に落ちてきた。
掌の上で小さく脈打つ光。
その脈動は……
どこかで聞いたことのあるリズムだった。
影は霧の中へ消えながら言った。
「第5構造層で待っている。
お前が選んだ未来線と、
“重なっていた者”の正体を……な。」
レオンは震える手で光の粒を握りしめた。
「……待っていろ。
お前が誰であれ……必ず俺が助ける。」
光がレオンの胸に吸い込まれ、静かに脈動する。
その瞬間、白い道の先で門が開き、
第5構造層へ続く本物の入口が姿を現した。
レオンは迷わず足を踏み出した。
(待っていろ。
“俺の名前を呼んだ誰か”――必ず取り戻す。)
揺れる白い道が、未来核の奥へと続いていた。




