俺、向かいます。
「結局、なんともなかったな」
一週間、このボロマントの出方を伺ったか、出るどころか何一つ問題の無い、ただの防御力があるマントだった。
「やっぱり根も葉もない嘘だったのかもですね」
「その可能性が高いな」
「それじゃ、シュウはただ汚いマントを買っただけ?」
「言うな・・・」
妙な翻り方もしないし、まして首を絞められたりなんてするわけがない。
ただ悪戯にやっすいマントを購入しただけになったのだろうか。
いずれにしても結果論だ。後悔先に立たずってな。
「まあ、少し厚着になった程度にでも考えておこうぜ・・・」
別に悔やむほどの金額じゃ無い。ヤムバードの唐揚げ5つ分と同等なんだからな。
「それにしても・・・だ」
そういって、昼間の癖、ファントムが沸いていないだだっ広い平野を見回す。
「これは平和って言うよりか、ここらへん一帯のファントムが何かによって”掃除”されたみたいにしか見えんな」
生き残っているファントムも、何かから怯え隠れるように身を潜めている。
「先行したファントムブレイカーが狩り尽くした、とかじゃないですか」
わざわざ大した魅力の無いファントムを虱潰しに倒すものだろうか。
何かしらの魅力、例えば金貨を貯め込む習性があったり、良いアイテムしか持たない習性があるのなら別として、オークやウルフなんかの、いわゆる普通の敵を倒すだろうか。
「それならいいんだけどな・・・」
まーた妙なことに巻き込まれたりとかだけは勘弁してくれよ。
「あるじさま、あれ」
「ああ」
「すごい急いでる?」
あれから一時間と少し経った頃。
「・・・嫌な予感しかしないんだが」
ものすごい速度でこちらへと走る荷馬と、行商人だろう、馬を引いている人間が鬼の形相を浮かべている。
「どうしたんだー?」
かなり大声で問いかけてみる。
すると、止まってくれるのか、手綱を操作し馬の速度を落とした。
その際も後ろをちらちらとせわしなく確認しては生唾を飲み込み、今すぐにでもここから居なくなりたいと言ったような、そんな雰囲気を醸し出していた。
「お、お前も行商人か!?・・・まあいい、そんな事はどうでもいい!今からあっちに行くのは、山の麓に行くのだけはやめておけ!・・・もういいだろ、俺は逃げるぞ!俺は伝えたからな!行った先でどうなっても俺のせいにはするなよ!?」
と、荒げた声で必死に”危機”であることを伝えた彼は、来たとき同様、ものすごい速度で俺達が辿ってきた道を爆走していった。
「・・・」
「シュウ・・・」
きっと、いや。
一週間前に現れたサイクロプスの集団と何か関係がある事は必至だろう。
彼が遁走した理由、そして、サイクロプス達までもが恐るるに足る『何か』がこの先に居る事は明白だ。
もしもファントムだったとして、一週間前のあの場所まで逃げる必要があったのだとすれば、それは。
「あるじさま、どう・・・しますか」
・・・サイクロプスは、ガルドグリズリーには劣るものの、俺が戦ってきたファントムの中では3番目くらいには強敵だ。
実際、被害報告も後を絶たない。
そんな強敵が勝てないと、逃げるべきだと、頭の悪い彼らでさえも本能的に自らが『下』だと認めてしまう程の化け物がこの先に居るのだとすれば、それは。
「・・・本来なら行くべきじゃ無いんだろうけどな・・・」
この開けた荒野でさえも姿が確認できないほど遠い。
さっき言われた山の麓もここからではぼやけてよく見えない。
つまり、そこは限りなく町が近いという事。
その化け物の居る場所からすぐに町が襲えてしまうのだとすれば。
「町へ急ごう」
何千、何万人もの人が犠牲になることを知っていながら、見過ごすわけにはいかないだろう。
† † † †
「それにしても、遠いな」
馬を走らせ30分ほど経つが、見える景色はほとんど変わらない。
ただ、一つ考えていたことがあった。
「なあ、さっきの奴、きっとその化け物か何かを見たんだよな」
「たぶん」
「おそらく」
「だよな。それなら、とんでもない事が起きてるのかも知れない」
「・・・どうして?」
俺は、行商人から話を聞いた時、いや、逃げるように走ってきていた時から疑問に思っていた。
「強大な何かから逃げるサイクロプスと遭遇。そして、今さっき同じく強大な何かから逃げる行商人と遭遇。サイクロプス戦から一週間歩き続けて今、行商人と出会う。・・・何かおかしくないか?」
「・・・なに?」
「・・・あ、そっか、私たちを中心と考えて、二組の逃走は一週間空いてますが、私たちと逆を走っているのにもかかわらず一週間もの時間が空いている・・・。つまり、その敵が跋扈している時間は少なく見積もっても二週間はあります」
そう、敵が存在している長さだ。
簡単に説明すると。
一次元で考えれば簡単だ。
真っ直ぐな線を引き、その上に均等な距離の点を付けよう。
一番右の点は右から左へ動く。これは俺達。
真ん中、左の点は左から右へ。
当然、逆方向に動く点はやがてぶつかる。
最初にぶつかる点は真ん中の点。つまりサイクロプス達。
ここを0とし、そこから一番左の点、つまり行商人とぶつかるまでの時間を仮に10秒とする。
では、ここでサイクロプス達と当たった直後に一切動かないとしよう。
本来半分の距離でぶつかる筈の両者だが、俺達は動かない。
行商人が倍の時間、20秒かけないと俺達とはぶつからない。
後はその10秒を七日、一週間に置き換えればいいだけだ。
その為、化け物が二週間存在していると言える。
しかし、行商人は見るからにサイクロプス達よりもスピードがあった。
だから「少なく見積もっても二週間」と言うことだ。
これの何がおかしいか、と問われれば、一つ。
「そうなんだよ。それだけの時間があれば王都から討伐隊が出向いてる筈なんだ」
彼らならば一時間もあればすぐに応戦出来る。
討伐隊は座標毎にトランジション・ストーンを割っている為、戦闘準備が整えばいつでも敵のいる所の付近まで飛べる。
以前ガルドグリズリーと遭遇した際に助けてくれたセイン達もそれを使ってやってきたのだろう。
・・・だとすれば何故テラリプトンの時は来なかったのだろうかという怒りがこみ上げて来るが、今はそれどころじゃない。
そんな彼らが応戦しているにも関わらず、だ。
二週間もの間敵の脅威が取り除かれていないと言うことは。
「・・・討伐隊、ピンチ?」
と言う結論に至る訳だ。
「そう。討伐隊がピンチって事は町の住民もピンチだ。どうにか討伐隊が持ちこたえて住人を守っているとしても」
「長くは続かない、です」
「そういうことだ」
絶え間なく戦闘をしていると言うことは、敵ファントムは睡眠を必要としないという事だろう。
だとすれば討伐隊は時間入れ替わりで対応に当たっているのだろう。
消耗した順にトランジション・ストーンで王都に飛び、傷の手当て。睡眠。そしてまた討伐に出発、という所か。
そんな危機的状態ならば、なおさらすぐにでも向かう必要がある。
「馬を走らせても大体一週間はかかる前提だ。そんなに気張る必要は無いが、いつでも戦える準備はしておこう」
「うん」
「はい」
ここからまた壮絶な戦いが始まることを告げるように、燦々と降り注ぐ日光を妨げる巨大な雨雲が天を支配した。




