俺、翻ります。
「あれ、だろうな」
馬を走らせて五日目。
何か、黒く”浮遊した”ものが光を放っているのが見えるようになった。
今まで見えなかった理由としては、距離とこの世界が丸いが故なのだろう。
あと二、三時間走らせれば全貌が明らかになるはず。
「シュウ、勝てる?」
ミルがいつになく不安そうな顔でこちらを見やる。
「・・・さあ、な」
何が待っているかわからない恐怖。
下手に「勝てるさ」なんて無責任なことは言いたくない。
思い込みで痛い目を見たことは人一倍あるつもりだ。無茶はしない。
みんなで、必ず生きられる道を選ぶ。
雨は降らないものの、闇を映し続けるこの空は、まるであの”何か”が災厄を意味するかの様にずっしりと重く、暗い、とても暗い、朝だった。
† † † †
ざわつく。
静かな日々はとうの昔の出来事のように、風が木々を強く揺らし、見える”それ”らと戦う人々。
狂気に満ちた一帯は、来るものを拒み、逃げるものを掴み続けるような残酷な気配を漂わせていた。
「なんつう・・・でかさだよ」
「あるじさま・・・」
「シュウ・・・」
それと戦う王都討伐隊の後衛部隊と接触するまであと三分と言ったところか。
「雪月、”あれ”の準備をしておいてくれ」
「は、はい」
どう見ても彼らは劣勢だ。この三分の間にどれだけが犠牲になるか・・・なんて考えたら、いま頓挫していたせいで救えたものが救えなくなる・・・なんて考えたら。
「・・・ミル、バフを掛けてくれ」
「・・・?う、うん」
あからさまに早すぎる事に疑問を抱いたのだろう。少し戸惑っている。
「もう、失いたくないよな」
「う、うん・・・?」
問いかけたその言葉の意味を、ミルはあまり理解していない様だった。
「雪月、少し手綱を握っててくれ。あとミル、俺がどうなってもミルはあいつの近くには行かないでくれ」
「俺は・・・先に行く」
そう言った俺は、馬車から飛び降り全速力で彼らの元へと向かった。
風切音で聴覚器官が機能しない。
今は馬なんか、ガルドグリズリーなんか目じゃない程の速度で走っている。
どうも胸騒ぎが収まらない。
俺は、あの巨大な”龍”に力が及ぶのだろうか。
迸る敵の威圧感は一線を画している。
それに、あの吐き出す灼熱の炎弾は一撃でも貰えば即座に塵と化すだろう。
絶対に俺は、誰も殺させやしない。
「・・・っ」
大丈夫、体力はまだまだ持つ。
俺は敵を睨み付けるようにしかと見つめ、剣を抜く。
あと少しで辿り着く。それまでどうか耐えてくれ・・・!
・・・おい、何やってんだあそこの兵士は!
俺の願いとは裏腹にも、一人の兵士が攻撃モーションに入っている龍の足下で腰を抜かしていた。
馬鹿野郎、今すぐ横に飛べよ!今ならまだ間に合うだろ!それに、なんで周りもカバーに入らないんだ!仲間だぞ、仲間がピンチの時に何で飛び出せないんだよ!
巨龍は右前足を大きく振りかぶって、引っ掻く、というよりはその兵士を潰しにかかっていると言う表現の方が似つかわしいであろうその大きな前足を天高く上げた。
何をただ呆けている!助けろ、助けなきゃ一人が死ぬぞ!
・・・くそっ!間に合うか?・・・いや、間に合わせる。絶対に間に合わせる!!
巨龍が前足を振り下ろした刹那。
後衛部隊、中衛、前衛の間を何かが、黒い何かがものすごい速度で横切った。
「おらあああぁぁ!」
その叫び声と共に、龍の腕を両断し、腰を抜かす兵の前に黒いマントを羽織った一人の少年の姿が立ち塞がった。
「百式解放!【グシスナウタル】アルクス!」
「全弾追尾射出【フルショット】!」
言葉と共に、光る矢が瞬の速さでその巨龍、『ガルド・バース・ドラゴン』を貫き、退けた。
「「「・・・」」」
辺りに見える騎士団であろう兵士達は皆同様に同じ表情を浮かべ、ただ呆然としていた。
「何してんだ!速く手当と後退、ヒーラーは今すぐに全員の傷を塞げ!」
俺は沸騰する頭をどうにか制御し、冷静に判断が出来ていなかった周りの兵に指示を送る。
「あ・・・あんただれ・・・だ・・・」
一人の兵がようやく何かを口にしたと思えば。
「そんな事はどうだっていい!コイツは俺がどうにかする!だから戦えないものは今すぐ撤退して増援を煽ってこい!」
叫んだからか、首が少しチクっと痛んだが何とも無い。
俺は兵士達に向けていた視線を龍に戻そうとしたその時。
「あ、危ない!」
聞こえた時にはもう遅かった。
俺がグダグダと指示をしている間に形成を立て直した龍が、例の炎弾を吐き出していた。
な・・・っ!?
見えた頃には既に眼前にあった炎弾は大きく、左右に飛んでも、後ろに飛んでも”絶対に”躱せない、必中の弾だった。
時間がとても遅く感じる。
目の前の、太陽の如く輝く灼熱の弾は、「ああ、俺は溶けるんだな」と思わせるほど熱く、もしかすると装備はもう溶けているかも知れない。
ほら、熱にやられたのか、マントが不自然に翻って・・・。
チクっ。
刹那も刹那、また先程と同様、首に痛みを感じた俺は、最早死を受け入れたのかも知れない、目を瞑り、痛みも熱さも、すべて受け入れてやろうと、そう思った。
『・・・ウ』
『・・・ュウ』
『・・・シュウ』
・・・。
・・・駄目だ、まだ死ねない。あきらめたくない。もがかないといけない。
俺が言ったんじゃないか、失いたくないよな、って。
俺は待っている人の、待っている仲間の元に。
ミルと雪月の元に!
帰らなきゃ行けないんだろ!
笑顔でまた!いつもみたいに!
俺は開眼する。
惨めでも、哀れでも、かっこわるくても、情けなくてもいい。
もがけ。あがけ。死を受け入れるな。
嘗て俺が否定したように。
どんな事をしても生き延びてみせる!
そう、剣を握りしめた瞬。
バサっ。
・・・俺の視界を、黒い布きれの様なものが支配した。
「・・・っ」
遅く感じていた時間の流れは正常に戻った。
ボフッと、その布きれが火の玉を掻き消す。
そして、俺の体は無傷であった。
「な・・・?」
理解は及ばず、俺は握りしめたその武器を、ただ顔を覆うように前へ出していた。
気付けば、あの太もも程までだったはずのマントの丈は、いつの間にか地に着くほど伸び、年季を感じさせる様な汚れも皺も、全て無く。
色も、真っ黒だったそれは今や若干の赤さを帯び、赤黒くなっていた。
ただ立ち尽くしていた俺をよそに、龍は第二弾、第三弾と炎を飛ばしてくる。
が、その全てをこのマントが”打ち消した”。
「どういう・・・事だ・・・?」
悪い噂、不自然、死。
確かにこれの得体は知れないが。
今、確実に俺を守ってくれたのは事実だ。
だとするのならば・・・。
「あんた、また来るぞ!」
「あ、ああ」
その声にハッとなり、しっかりと武器を握り直す。
「悪い、少し驚いただけだ。もう大丈夫だ!」
あの時感じた、何かしらの力ってのはこれのことなのかも知れない。
・・・なら、俺の勘って奴も、なかなか捨てたものじゃ無いな。




