俺、起こされます。
「・・・ただいま」
朝同様戦場で瀕死になったかにボロボロな状態で家に入る。
朝と違うところは
「おかえり」
「お帰りです」
返事が返ってくる事くらいか。
「・・・どうしたの」
あからさまに挙動のおかしい俺を不審に思ったか、ミルが何事かと問うてくる。
「いや・・・何でも無いんだ・・・。何でも・・・ない・・・」
あんな悲惨な物語をミルに伝えたくない。恥ずか死ぬ。
「・・・?」
完全に疑ってるな・・・。
でもまあ、俺は別に、何も、やましい、ことなんて?して、無いし?
「風呂入ってくる・・・」
とにもかくにも、今は何もかも忘れて、水に流して心からの休息がしたい。
そして、一応明日にはこの町を出る予定だ。そのために早寝して準備もしておいた方が良いだろう。
湯船に溜まったお湯が天井に湯気として昇っていく。
張り付いた湯気は熱を奪われ雫となってまた湯船に戻る。
その際に響く、ぽちゃんという音が心に安らぎを与えてくれた。
目をつむり、鼻の下辺りまでお湯に浸かり、たっぷり20分程温まった所で湯船から出る。
体を洗い、髪を洗い、顔を洗って浴室から出る。
体を拭いて、部屋着に着替えて、適当に髪を乾かして洗面所を後にする。
リビングに戻り、冷蔵庫を開け、牛乳を取り出し、ぐぴっと飲み干し寝室へ向かう。
ベッドへ潜り、灯りを消し、目を閉じる。
・・・だいぶ落ち着いた。
ただ、静かに日常を過ごすだけでかなり紛らわせる事が出来た。
それにしても、ミルはずっと俺を怪しんでいたな。
今日はなんだかんだいって濃い一日になった。まあ、その分黒歴史も増えていったけどな・・・。
思い出に耽るなんてらしくもない事をするようになったものだ。
それだけ昔とは違う、思い出したくなる思い出を重ねて行ってるのかもしれない。
たいした事を考えるでもなく、そこで俺は夢の世界へと旅立っていった。
† † † †
「う・・・ん・・・」
重い。
それが、明け方感じた最初の感覚だった。
体が動かしづらい。何か体の上にものが乗っている様な。
「あるじさま、起きた?」
・・・乗っている様な、ではなく、乗られているようだった。
「んあ・・・」
目を開けると、布団の上から俺をしがみつくかに抱いた雪月が半開きの眼でこちらを見ていた。
「・・・今起きた」
「準備しよ、あるじさま」
準備、準備・・・。ああ、今日家を出るから荷支度をしろと、そういうことか。
妙にきゃっきゃと上機嫌な雪月は、いつも敬語を使う癖、今はタメになっている。
俺としては、敬語なんかやめてずっとため口でいい気もするけどな。
百式解放の時といい、雪月はわくわくすると敬語じゃなくなるらしい。
「・・・ん、分かった」
寝起きでしっかりと喋れない上、布団から出たくないのをどうにかして克服した。
まあ準備と言っても家の中で行えることと言えば荷物整理くらいなものか。
基本、足りないものは食料と次の町までの足くらいだろう。
「さて、と。動きますかねえ~」
んん~と背筋を伸ばし、眠気を吹っ飛ばす。
なんでだろうな、なんか伸ばしちゃうよな、背筋。
俺は起き上がり、雪月を連れ部屋を出た。
「シュウ、おはよ」
・・・お前が原因か。
部屋を出ると、せっせと荷物をリビングに纏めるミルが居た。
それもえらく上機嫌なようだ。
理由は・・・。まあ、言うまでもないだろう。
「シュウ、いつでも旅立つ準備は出来てるわ」
目をきらきらさせ、どやあ。となんか腹立つ顔を浮かべてみせる。
「お前なあ・・・」
遠足じゃあるまい。そんな心踊るような楽しい事は待ってないぞ。
・・・楽しい事は、な。
何故か俺が行動した先には面倒ごとが必ず手を振って待っていやがるからな。
そんな事など一切気にしていない様な二人に、少し頬が緩んだ。
「どうする?準備は出来てる様だけど」
ミルが丁寧に纏めてくれた荷物を見回しながら話を進める。
「・・・出発するか?」
その問いは愚問だったのだろう。
聞くまでもなく、その表情で簡単に意思は伝わっていた。
「うんっ」
「はいっ」
さあ、長い長い旅の始まりだ。