俺、会います。
行くかと盛り上がり、やいのやいのと話し合いながら扉前までやってくる。
ドアノブに手をかけゆっくりと木製の、建付けが悪いのか、ギギギと悲鳴を上げるドアを押しのける。
眩い光がドアの外から流れ込み、活気のある賑やかな談笑が街中から響いてくる。
外界に目をやると、黒く大きい影が行く手を塞いだ。
「久しぶりだな・・・シュウ」
懐かしい香りを肌で感じ、顔を見上げると、そこにはやはり懐かしい顔があった。
「おや・・・じ・・・」
俺をここまで育ててくれた恩人、そして俺が馬鹿みたいに強いファントムとやり合うことになった元凶。
親父がそこにいた。
「何しに来たんだよ」
とりあえず中に入れ、訝しむ表情を抑えきれずに話に入る。
「・・・だいぶ男らしくなったじゃねえか。シュウ」
身なりをみるや、そんな事を言い出す。
ミルに入れてもらった紅茶を一口飲み、それから語りだす。
「それにしてもお前、随分色付きやがって・・・。お前の何処に魅力を感じたんだかな」
ミルたちの事を言っているのだろう。バカにする、というよりか軽い世間話のような、過去を振り返るような遠い目をする親父。
ミルたちは親父が上がった時、部屋にいるようにお願いした。それでもお茶を入れるミルはだいぶ家事ができるようになったんじゃなかろうか。
「なんだよ・・・。別にいいだろ。それよりもそんな事を言いに来たのかよ」
今俺は複雑な感情だ。何を親父に思えばいいのか、正直分からない。
俺はもう親父に会うことはないだろうと思っていたし、最近まで親父の存在すら忘れていた。
何でこのタイミングなんだ。他に会うタイミングならもっと別にあっただろうに。
「いいや?本題に入るのもいいが、少し話をしよう」
と、親父が珍しいことを言いのけた。
「なんだよ気持ちわりいな・・・」
話をしようとか言っておきながら、全部俺の話だった。
「さっきいた娘は誰だ?」
「あぁ、ミルと雪月だよ」
みたいな話から
「どっちが本命なんだ」
「・・・親父はんなこと聞くキャラじゃねえだろ・・・」
とか。
今までの空白の時間を中心にいろいろ聞いてきた。
ミルや雪月の事とかはだいぶ話が長くなったりした。
出会いが唐突なミルと俺の武器であり新しいパーティーメンバーの雪月。雪月の話はほとんどついてこれてなかった。まぁ、俺もよくは理解してないしな。
そんなこんなで数十分。
ようやく親父が本題を切り出した。
「・・・ガルドグリズリーとの闘い、見てたぞ」
紅茶をグイっと飲み干し、俺を一点に見やる。
「その・・・。何というか、正直驚いた。あぁ。びっくりしたんだ」
何か後ろめたさを感じているような話し方だ。
「別に、親父がそうしろって言ったから戦ってただけだろ」
この先の話の展開が容易に想像できる。だからこんな言い方になってしまう。
「俺は、もうとっくにお前が死んでるか、別の自分に合う仕事を見つけていると思ってたんだ」
やっぱりか。
「だから何だって言うんだよ。別にどうしようが俺の勝手だろ」
「ああ。だがやっぱりあの後後悔してたんだ」
あの後・・・きっと出て行けと俺を蹴り飛ばした時の事だろう。
「お前の能力は・・・この世界においてとても生きにくい。それは俺も、勿論お前がよくわかってるはずだ」
・・・なるほど。そういう事か。
「・・・いい親父。それ以上何も言わなくていい」
「だから俺は当時そこまでお前に仕事だのを強くは強要出来なかった。だが、俺はお前じゃない。その能力でどれだけ大変な思いをしているかなんて分からなかったんだ」
尚も続ける親父。
「やめろ」
「お前が仕事を探していた頃、どれだけの苦痛がお前を襲ったのかなんて分からなかった。だからお前に無理矢理ファントムブレイカーの仕事を押し付けた」
親父は言う気だ。俺はもう振り返らない過去として、前を向くために捨て去ったあの事を。
「それ以上続けるな」
「そして俺は見た。闘技場で俺以外の人間がお前に向かって罵声や物を投げつけ、それを悲しむ仲間がいた事を」
仲間というのはセインの事だろう。そんなものを見られていたのか。
「俺は初めて気が付いた。お前がガキの頃から無理して平然を装ってた事を」
「やめろ!」
俺はそんな事もう慣れっこなんだよ。それが俺の日常だったんだよ。
今更そんな事で。
「・・・今まで、本当にすまなかった」
「親父!」
そんな事で謝るなよ。
「・・・ふざけんなよ」
「ふざけんなよ!俺はもうそんな事で気にしちゃいねえんだよ!何も知らないで!少し覗いただけで分かった気になりやがって!勝手に解釈して哀れんで!」
俺は今昔のことに対して切れてるわけじゃない。
「俺は今となってはこの能力に感謝してんだよ!ミルと出会って相性が良くて!この能力のお陰で難しい武器もしっかり扱えて!そして雪月とも出会えて!」
能力が弱いと馬鹿にされたなんて薄い理由じゃなくて。
「この能力が今の俺の全てなんだよ!」
もっと根本的に俺は分かってほしかった。
「俺の能力を!俺の唯一の個性までも謝って否定してんじゃねぇよ!」
俺はこの能力に生まれて後悔なんてしてないんだよ。
「・・・っ」
「・・・悪い。熱くなりすぎた」
我を忘れ声を荒げて息を切らし脱力したようにストンと椅子に座る。
何やってんだよ。
冷静になるため一口、もう一口と紅茶を飲む。
「まぁつまり、あれだ、別に親父が謝る事じゃねえって事だよ」
顔を背け少しだけ口ごもる。
「・・・そうか」
「気にしてねえなんていっても強がりにしか聞こえないかも知れないけど、実際もう気にしてない。だから余計な心配はしなくていい」
なんて言えば正解なのか、俺は距離を測れずにいた。
「お前はもう、大丈夫、なんだな」
「・・・ああ」
「俺はとんだ間違いをしてたみたいだな」
「・・・」
俺は何も言わず親父の次の言葉を待った。
「・・・はあ、なんだ」
わざとらしく嘆息して、親父は何故か穏やかな顔をし、そっとこう呟いた。
「母さん・・・シュウは育ったよ。大きく、育ったよ」
その予想外の言葉に瞳が揺らいだ。
「悪かったな。急に邪魔して。俺はもう帰るよ」
いいながらゆっくりと重たそうな腰を上げ机の横に立つ。
「それじゃあな、シュウ」
去り際にポンっと優しく肩に手を置き、そしてすぐ歩き始める。
少しして玄関の扉が開く音がした。
「親父!」
気付いたら俺は走っていた。
そして。
「・・・また、会いに来いよ。親父」
背中に向かって俺は語り掛けていた。
親父は少し立ち止まった後、顔から何か光るものを落とし、無言で去っていった。




