第7話 あなたの最期を、知っています
翌日、エマが屋敷へ来た。
付き添いの神官は廊下で待ち、検査にはベルタと夫、私だけが同席した。
薬の一滴を、魔力を蓄える石へ落とす。
夫の影をごくわずか、隣の石へ移す。
エマが二つへ、清めの光を当てる。
影の石は、青く澄んだ。
薬の石には、黒い細い糸が残った。
「同じ反応ではありません」
エマが、小さく言った。
ベルタは、納入された瓶を全部並べる。
印が薄いものと濃いものでは、糸の量が違った。
「鎮静に必要な成分は入っています。そのために、飲めば一時的に楽になる。でも、こちらの混入物は、影の魔力を濁らせているようです」
「……毒ですか」
「断定するために、もう一度検査します。少なくとも、追加で飲んでよいものではありません」
夫が、薬の瓶を見た。
自分を支えたはずのものを。
エマは、顔を白くしていた。
「大司祭様は、そんな」
「今は、瓶に何が入っているかを調べよう」
夫の言葉は、責める声ではなかった。
彼女はゆっくり頷き、もう一つの瓶へ光を当てた。
午後、エマが帰る前に、私は布を返した。
彼女は指で確かめ、私を見る。
「夫人。怖くはありませんか」
「何がです?」
「公爵様の影が。私は、ずっと危険だと教わりました」
私は廊下の端を見た。
スミが丸くなっている。
エマが近づくと、耳を伏せた。
「怖いときは、あります。でも、何も知らないまま怖がるのは、もうやめたいんです」
彼女はその言葉を、考えるように聞いた。
帰るとき、夫へもう一度、頭を下げた。
夕方、私は夫の執務室へ行った。
机の前へ座り、三枚の紙を置く。
「説明できなかったことを、説明します」
夫は書類を閉じた。
前世のこと。
小説のこと。
自分が読んだ最後の場面。
私は全部、話した。
話せば話すほど、馬鹿げて聞こえた。
私だって、七日前なら信じなかったと思う。
「公爵様は、契約満了の日に、聖女に討たれます。その前に、私が温室で死ぬと書かれていました」
夫の表情が変わった。
自分の最期より、私の死へ反応した。
「いつだ」
「満了の十日前です」
彼は紙を取った。
出来事の欄を、一つずつ読む。
「今、話してくれたことは、未来の記録なのか」
「分かりません。小説でした。物語として書かれたものです」
「なら、書いた者が見ていないこともある」
「はい。吊灯の理由が、違いました」
「君が動けば、起こることも変わる」
「はい」
夫は紙を机へ戻した。
「俺は、君の前世を確かめられない」
「……そうですね」
「だが、君が怖がっていることは分かる」
私は顔を上げた。
彼は、まっすぐ私を見ていた。
「一人で抱えて、毎日数えていたんだな」
声をかけられた瞬間、喉が詰まった。
そうだった。
笑った夜も、猫を見た朝も、私は頭の中で残りの日を引いていた。
夫は手を伸ばしかけて、右手を引いた。
代わりに、左の掌を机へ置く。
「触れても?」
「……はい」
左手が、私の指を包んだ。
温かかった。
未来の絵には、なかった温度だった。
「君の話は、手がかりとして使う。現場で確かめ、皆と相談する。俺の死も、君の死も、避ける」
「信じて、くれるんですか」
「君が嘘をつく理由がない。それに、今の俺には、君を疑う理由もない」
泣かないつもりだった。
でも、うまくいかなかった。
夫は困った顔をした。
スミが机の下で、同じように困った声を上げた。
「泣かせた」
「違います」
「そうか」
「一人で数えなくていいのが、嬉しいんです」
彼は頷き、私が手を離すまで待った。
その夜、残りの日数を書いた。
数字は、一つ減っていた。
それでも昨日より、少しだけ怖くなかった。




