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第5話 冷酷公爵は、許可を待つ

 叔父は、その翌日の昼に来た。

 公爵家へ乗りつけた馬車は、私の実家で見たものより立派だった。


 エドガー・オルセン。

 父の弟。

 私を「家のために役立て」と育てた人だった。


「リゼット、元気そうじゃないか」


 叔父は私の顔より先に、首元を見た。

 宝石がないことに気づき、少し唇を尖らせる。


「公爵様のお気遣いで、無事に暮らしています」

「それは良かった。実は、離縁を急がないよう話しに来たんだ」


 夫が机の向こうで、黙って聞いている。


「公爵夫人の立場は、簡単に手放すものじゃない。お前一人の判断で家の縁を切られては困る」

「一年後に離縁する約束でした」

「若い娘が、約束の重さを理解できていたとは思えん」


 叔父は夫へ笑いかけた。


「本人が頑なでしてね。父親のいない娘ですから、私が話をまとめませんと」

「本人は、ここにいる」


 夫の声は、静かだった。

 叔父の笑みが、止まる。


 私は膝の上で、指を組み直した。

 叔父の声を聞くと、返事より先に謝りたくなる。

 体が覚えている癖だった。


 小説の登場人物になったからといって、今世で身についたものが消えるわけではない。


「父の財産について、伺います」


 私は用意した紙を広げた。


「屋敷と農園の収入、私名義の積立、それと母の宝飾品です」

「公爵家へ嫁いだのに、まだ実家の金を欲しがるのか」

「私のものなので」


 声が、少し震えた。


 夫の右手が、机の下で動いた。

 私を見て、止まる。


「リゼット。補足をしていいか」


 叔父が、怪訝な顔をした。

 私は夫へ頷いた。


「お願いします」

「後見は成人で終了する。預かった財産の明細を、本人へ返す義務がある。家名の取引とは別だ」


 叔父は、私の知らない公爵を見たような顔をした。

 私も少し、そうだった。


 剣で黙らせない。

 私の代わりに答えを決めない。

 必要なことを、私の許可を待って言う。


「明細は複雑でして」

「では、確認に時間を取ろう。本人が選んだ専門家を入れる」

「私は家族ですぞ」

「だから、返してほしいのです」


 今度は、私が言った。


 父が残したものを、父の弟から返してもらう。

 その言葉を、やっと言えた。


 叔父は一度、私を睨んだ。

 夫がそれを見た。

 睨み返すことはしなかった。ただ、視線を外さなかった。


 結局、叔父は明細を出す期限を受け入れた。

 公爵家の玄関を出るまで、私とは目を合わせなかった。


 馬車が去ると、足の力が抜けた。

 夫が一歩、近づく。

 でも、私に触れず、椅子を引いた。


「座ろう」

「はい」


 彼も向かいへ座った。


「……強く、言えました」

「言えていた」

「叔父の前だと、昔の自分へ戻るようで」

「戻っても、また言えばいい」


 簡単に言う人なら、腹が立ったかもしれない。

 でも、夫は私が椅子へ座るまで待っていた。

 同じ言葉を言うのに、力が要ることを知っているようだった。


「公爵様も、怖い人はいるんですか」

「いる」

「どなたです?」

「ベルタ」

「お医者様」

「薬を勝手に増やしたことが、前にある。三日、叱られた」


 私は笑った。

 笑いながら、胸の奥の固かったところが、少し緩んだ。


 足元から、スミが出てきた。

 夫の靴へ鼻を押しつけ、それから私の膝へ跳ぶ。

 触ると冷たい。毛は、煙のように指を抜ける。


「私が元気になると、嬉しそうですね」

「……影のことは、詳しく調べていない」

「ご本人の影では?」

「そうだが」


 夫が目を伏せると、スミの尻尾も伏せられた。


 私はもう一度笑った。

 公爵は、叔父より怖くない。

 それだけの発見が、今日はとても大きかった。

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