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23/24

第23話 元夫は、恋人になると手強い

 私の新しい家には、小さな台所と、明るい書斎があった。

 食卓へ椅子を二つ置く。

 窓辺の猫のために、古い毛布も敷いた。


 ララは引越しを手伝ってから、自分の今後を告げた。


「グレイス家を辞めて、こちらに勤めます」

「本当に? お給料は、今までより少なくなるわよ」

「承知しています。お休みは増やしてください」


 最初の交渉は、休日についてだった。

 私たちは勤務時間も決めた。

 恋人の惚気を聞く時間は勤務に入るかで、少し揉めた。


 初めて泊まった夜、私は寝台の横で原作を思い出そうとした。

 誰が、どの場面で、何と言ったか。

 怖くなると、確かめずにいられなかった習慣だ。


 けれど、その先に思い出す章はなかった。

 明日用のパンを包み、灯りを消す。

 よく眠れた。


 三日後、王宮から離縁の受理が届いた。

 私はリゼット・オルセンに戻った。


 その日の午後、公爵家へ行くと、夫だった人が寝室に花を用意して待っていた。


「見舞われる人が、花をくれるんですか」

「恋人に贈る花だ」


 私は扉の前で固まった。

 彼も、少し困った顔になる。


「……違ったか」

「違いません。急に、上手にならないでください」


 花束を受け取る。

 薔薇に、小さな白い花が混じっていた。

 温室で私が好きだと言った花だった。


 翌週、私は市の図書館で、蔵書の記録を手伝い始めた。

 古い目録と現物を照らし合わせ、欠けた巻を調べる仕事だ。

 難しい術式は相変わらず読めない。読めないものは、担当の司書へ聞く。

 記憶を帳面に分けていた経験は、少し役に立った。


 公爵との婚姻を知る人は、最初、遠慮した。

 棚を拭いていると、背の高い書架の上に埃が見つかる。

 踏み台を頼んだら、司書は笑って貸してくれた。

 特別な扱いより、助かった。


 仕事の帰りに、アーヴィンが迎えに来た。

 医師に許された短い散歩の、途中だという。


「毎日は、来なくていいですよ」

「迷惑だったか」

「体が心配です」

「では、今日はここから、君に送ってもらいたい」


 私は左腕へ手を掛けた。

 迎えに来た公爵を、公爵家へ送り届ける。

 途中でパンを買った。彼が支払おうとしたので、袋を取る役をお願いした。


 ひと月後、元大司祭への最初の公判が開かれた。

 薬害と殺人未遂の被害は、別々に審理される。

 アーヴィンは、自分が薬を信じていた経緯を話した。

 私は温室の招待状と、見つけた仕掛けについて話した。

 観客の望む悪女を演じる必要は、もうなかった。


 ロラン殿下は宗教行政の担当から外れ、診療所と領地で学び直すことになった。

 私たちへの謝罪は受け取った。

 そのあとの行動は、殿下が積み重ねるものだ。


 冬が来る頃には、アーヴィンは私の家で夕食を取れるようになった。

 右手は、まだ長く使うと痛む。

 黒い手袋を外す日も、外さない日もある。


 彼が置いた花の水を替えていると、背後から名前を呼ばれた。


「リゼット。結婚を、申し込みたい」


 振り向く。

 私の家の食卓で、彼が待っている。


「一年の期限は?」

「つけない」

「私が仕事を続けたいと言ったら?」

「続けてほしい」

「一緒に暮らして、喧嘩もするかもしれません」

「そのときは、話したい」


 私は、花瓶を置いた。


「はい。アーヴィン、あなたと結婚します」


 彼の息が、目に見えるほどほどけた。

 床の影から、尻尾が飛び出す。


「スミ。まだ、拍手をするところではないわ」


 夫になる人が笑った。

 その顔に見惚れていたら、今度は私のほうが、先に抱きついていた。

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