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第22話 英雄にも、休む日は必要です

 翌朝、夫は寝台の上で書類を開こうとしていた。

 私はそれを、そっと閉じた。


「ベルタ先生は、何と?」

「休むようにと」

「よく聞けましたね」

「……叱る話は、今日だったか」


 椅子に座る私へ、彼は左手を差し出す。

 それを握ってから、言った。


「人を守ったことを、やめてほしいとは言えません。私も、助けてもらいました」

「ああ」

「でも、そのあと休むところまで、助かったことにしてください」


 彼は閉じられた書類を見た。

 やがて、頷いた。


「分かった。今日は、ガイとデインに頼む」


 扉の外から、咳払いが聞こえた。

 デインだった。もう仕事の用意は、できているらしい。


「では、私が読み上げます。奥様、眠そうになったらお止めください」

「寝かせる気がないじゃない」


 ララが小さく呟いた。

 私は笑って、必要な連絡だけにしてもらった。


 大司祭の私室からは、薬の調合指示が見つかった。

 水車小屋の男と、温室へ忍び込んだ男への支払いも、同じ帳面にあった。

 王宮の調査官は、教会の人々も別々に聴取している。

 指示を知らずに薬を運んだ人まで、罪人にはしないという。


 私に届いたのは、叔父からの長い手紙だった。

 以前なら、家族への義務が三枚は続いただろう。

 今回は、弁済する額と日付が先に書かれていた。


「返事は、急がなくていい」


 アーヴィンが言う。

 私は母の指輪へ触れた。


「はい。金額は代理人に確かめてもらいます。叔父様への気持ちは、そのあと考えます」


 許したと書く必要も、憎み続けると決める必要もなかった。

 手紙を置く場所は、私が選べる。


 午後、エマが見舞いに来た。

 昨日は浄化のあと、彼女も自力で立てなくなった。今日は椅子に座ってから、ようやく息をついていた。


「先生に、三日は働くなと言われました」

「では、働かないでください」

「患者さんの前で言われると、逃げられませんね」


 夫が、閉じたままの書類へ目をやった。

 似た者同士だ。


「教会の診療所は、どうなるの?」

「残ります。薬を調べ直して、先生たちも増えるそうです。私は王宮の学院で、きちんと治療の勉強をすることにしました」


 光を使えることと、患者を診られることは違う。

 エマは、そのことを自分で確かめたいと言った。


「王冠は?」

「証拠として預けています。返されても、あの仕掛けは外してもらいます」


 彼女は笑った。


「頭が重くなくても、人は助けられましたから」


 彼女が帰ったあと、私は離縁の書類を出した。

 契約の一年は、昨日で終わっている。

 夫はそれを見て、少し長く黙った。


「体調が落ち着くまで、手続きを延ばしてもいいと思っています」

「君が、そうしたいなら」

「あなたは?」


 彼は私を見る。


「君がここにいることを、毎朝、当然だと思いたくなる」


 握った指が、ゆっくり動いた。


「だから、約束は守る。そのうえで、明日も会いたい」


 胸が、ぎゅっと痛くなった。

 嬉しくても、少し寂しい。


「では、明日、お昼を持ってきます。新しい家から」

「何を?」

「まだ決めていません」

「……楽しみだ」


 私たちは署名した。

 好きと言った手と、同じ手で。


 夕方、荷物を運ぶ馬車へ向かうと、灰色の小さな狼が私の足元に座った。

 尻尾が、動かない。

 寝室の窓を見る。夫が、こちらを見ていた。


「スミ、明日も来るわ」


 狼は、顔を上げた。


「それから、主人に伝えて。立って見送るのは、休んだことになりません」


 窓の人影が、すっと低くなった。

 影の尻尾が、ようやく一度揺れた。

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