第19話 最終章の、立ち位置を変える
旧大聖堂の周囲には、人が集まっていた。
聖鐘祭が中止されても、セヴェリンの説教を信じて来た人たちだった。
灰狼の毒を、聖女が清める。
教会を貶める者へ、神の裁きを。
そんな文句が、街の壁へ貼られていた。
私たちが知らせた検査結果とは違う話を、彼は先に広めていたのだ。
残り三日になり、王妃は周囲の家へ避難を促した。
集まった人たちにも事情を説明し、帰る道を確保する。
兵士を大聖堂へ突入させれば、何も知らない人まで戦いに巻き込まれる。
時間が、必要だった。
それでも、ただ聖鐘祭の日を待つわけではない。
隣の旧修道院で、ベルタとエマが保管された聖具を調べた。
王宮の技師もいる。
私は古い建物の見取り図と、自分の記憶を照合した。
原作の最後。
聖女は白い柱の前に立つ。
公爵は中央の大鐘の下へ進む。
その上から、白い光が降りる。
それは聖女の力だと思っていた。
でも、エマが普段出す光とは、広がり方が違う。
「この柱、祭鐘へ繋がっています」
技師が図面を指した。
昔は、祈りを広間へ届けるための仕組み。
今は、持ち去られた増幅の聖具を繋げば、薬で濁った影へ強い刺激を送れる。
エマが、一つの聖具を手に取る。
白銀の、冠の形だった。
「これは、私が授かる予定だったものです」
「清めの力を増すものですか」
「そう、聞いていました」
ベルタが、冠の内側へ灯を当てた。
薬の瓶と同じ、細い黒い筋。
清めるための力を、別の方向へ流す仕掛けが足されていた。
私は冠を見つめた。
小説の題名だった。
聖女が正しく歩んだ証として、最後に授かるもの。
正しく歩んだと思わせるために、道具まで用意されていた。
「原作の私が、これを使っていたら」
エマの声が震えた。
私はすぐに返事をしなかった。
彼女にも、前世と小説の話を伝えていた。信じ切れなくても、自分が夫を討つと聞く怖さはある。
「今のあなたは、使っていません」
「……はい」
「調べて、知りました。だから、これからを選べます」
エマは冠を布へ置いた。
触れた指を、自分の袖で拭いた。
「公爵様を、殺すためには使いません」
はっきりした声だった。
翌日と、その次の日。
鐘楼へ繋がる通路を確かめ、増幅の仕掛けを外す準備をした。
周囲の人が離れる間に、外の小さな鐘を一つずつ回収する。
病人を預かっていた神官たちは、王宮の医師へ引き継いだ。
セヴェリンは、説教壇から降りなかった。
妻を失った灰狼が恐ろしい姿を見せるはずだった計画は、崩れている。
だから、先に恐怖を集めようとしていた。
「行かなければ、影は暴れないのでしょうか」
私はベルタへ尋ねた。
「刺激の届く範囲から離れれば、一時的には避けられます。でも、あの聖具を放っておけば、他の影魔法の使い手にも害が出ます」
「分かりました」
夫のためだけに、他の誰かへ危険を残すことはできない。
同時に、そのために夫が死んでいいわけでもない。
契約最後の日の朝、アーヴィンは私たちへ向き合った。
「広間で俺が影を出せば、彼は必ず鐘を使う。そのとき、仕掛けを止める」
「逃げる道も、残してあります」
ガイが答える。
エマが清めの準備を確かめる。
私は図面を、畳んだ。
アーヴィンが私へ、左手を差し出す。
「怖いな」
「はい」
「俺もだ」
手を握る。
小説の最後は、知っている。
でも、今ここにいる人たちの立ち位置は、もう違っていた。




