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第17話 離縁は、逃げるための言葉ではなく

 残り六日。セヴェリンが姿を消した。

 教会の保管庫から、祭鐘の一部と増幅の聖具も持ち去られていた。

 協力する神官がいた一方、出入りを止めようとして怪我をした人もいた。


 教会の全部が、彼の味方ではない。

 エマは、そのことに少し救われた顔をした。

 私も、同じだった。


 王宮は街の警備を増やした。

 公爵家の護衛も、範囲を見直す。

 屋敷にいる人たちの仕事は、早く帰れるようにした。

 危険は私たち二人だけのものではなくなっていた。


 その午後、私は父の財産を受け取る書類へ署名した。

 残っている土地と積立。

 叔父が使い込んだ分は、別に返す責任が確定していく。


 母の、小さな青い指輪も戻った。

 私は掌へ置いた。

 結婚の前に、叔父が貸し金のために預けたと言っていたものだ。


 アーヴィンは、私の向かいで黙って見ていた。


「取り戻せました」

「君のものだ」

「はい」


 同じ言葉が、今日は違う重さを持った。

 私はもう、夫の名と金がなければ生きられない人間ではなかった。


「契約が終わったら、約束通り一度、離縁したいです」


 言うと、彼の顔が少しだけ硬くなった。

 隠しきれない顔だった。


「……承知した」

「アーヴィン。最後まで、聞いてください」

「聞く」


 私は指輪を箱へ戻した。


「あなたに救ってもらったから、妻でいなければいけない。そんなふうには、したくありません」

「俺も、望んでいない」

「でも、私が本当にそう思っているか。自分で確かめたいんです」


 叔父の家から逃げるための結婚。

 守ってもらうために借りた名前。

 そのままで彼を好きになったら、借りたものを返せなくなる気がしていた。


 好きになったことと、借りを返すこと。

 どうやって分けるか、私はまだ上手に分からない。


「君が、一人で暮らしてみたいなら、そうしてほしい」


 彼はゆっくり言った。


「寂しいとは、言う」

「はい」

「会いたいとも、言う」

「……はい」

「だが、出ていく権利を持った君が、俺を選んでくれることを望む。出られない君を、繋ぎ留めたくはない」


 私の喉が、熱くなった。


 彼は机の端へ、左手を置いた。

 いつもの、私へ届くところ。

 今日は、まだ触れずにいる。


「離縁したあと、君に会いに行っていいか」

「もちろん」

「断ってもいい。疲れている日もあるだろう」

「……分かっています」


 涙が、ひとつ落ちた。


「そのために、あと六日を生きて越えてください」

「君もだ」


 私は頷き、彼の手を握った。


 自由になりたい。

 好きな人の隣にもいたい。

 どちらかを諦めるために、離縁するのではない。


 夜、ララが私の部屋の荷物を確かめた。

 独立後の家へ送るもの。

 今ここで使うもの。

 どちらへ持っていくか、まだ迷うもの。


「恋をすると、荷造りも難しいですね」

「……分かりますか」

「奥様が毎晩、図書室の椅子の数を確認していますので」


 私は顔を覆った。

 公爵の影だけを、笑えない。


 スミが、扉の下から入ってきた。

 私の開いた鞄へ乗り、丸くなる。


「この子は、持っていけませんね」

「ご本人へ返さないと」


 私は狼を抱こうとした。

 煙の体は、指を抜けてしまう。

 それでも膝へ寄ってきた。


 触れなくても、そばへいる。

 その距離を、私たちも選べるようになりたかった。

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