第16話 悪女が、黙らなかった日
それから二日後、王宮で関係者への聞き取りが行われた。
私はアーヴィンと出席した。
エマも、王妃の側の席にいる。
薬の検査は、王宮の医師も同じ結論だった。
影を一時的に鎮めながら、長く使えば濁らせる。
納入量と夫の症状にも、重なるところがあった。
工房へ支払いを出した帳簿は、セヴェリンの管理する金庫へ繋がっていた。
今度は、役職の名では逃げられない。
セヴェリン本人は来なかった。
急病だという届けが出ていたが、王妃はその説明も調査するよう命じた。
そこへ、ロラン王子が口を開いた。
「公爵夫人の証言を、重く扱いすぎではありませんか」
私は顔を上げた。
二十四歳の王子は、王妃の息子だった。
教会の学舎で学び、セヴェリンを長く師と呼んでいる。
「夫の不調を知りながら、妻は長く放置していた。今になって教会を責めるのは、離縁の条件を有利にするためとも考えられる」
アーヴィンの影が、足元で動いた。
私は彼の左手に触れた。
彼が私を見る。
「私から、答えていいですか」
「……もちろんだ」
私は机の上の書類を、整えた。
手が震えている。
止まるまで待たずに、話した。
「私の証言だけではありません。医師の検査、納入記録、温室の仕掛け、北の救出の証人があります」
「それでも、貴女の利害は」
「あります。夫に、生きていてほしいという利害です」
王子の眉が動いた。
「利害がある人の話を聞かないなら、師を守りたい殿下のお話も聞けなくなります」
「私を、公爵夫人と同じに」
「私が何を望むかより、示したものを確認していただきたいのです」
部屋が、静かになった。
エマが立ち上がる。
「私も、薬を調べました。公爵様の影と、薬の濁りは同じではありませんでした」
「エマ。君まで」
「殿下が私の力を信用するなら、私が見たことも、聞いてください」
王妃は頷き、二人へ座るよう促した。
「ロラン。疑うこと自体を、私は禁じません。ただし、相手によって確かめ方を変えてはいけません」
王子は、唇を結んだ。
目を伏せるまで、時間がかかった。
王妃はセヴェリンの職権を一時停止し、関連する薬と聖具の使用を止めた。
聖鐘祭の王都での催しも、中止する。
集まる人を減らし、聖具を独立した担当者へ預ける。
未来の最終章へ、現実の判断が割り込んだ。
聞き取りを終え、廊下へ出た。
脚の力が、少し抜けた。
アーヴィンが壁際の椅子を引く。
「よく話せていた」
「また、震えました」
「震えても、君の言葉は変わらなかった」
彼は隣へ座った。
正面で私を評価する人ではなく、同じ場にいた人の距離だった。
「影を、出しかけましたね」
「ああ」
「私が先に話して、嫌ではありませんでしたか」
「君を侮辱した言葉を、俺が止めるつもりだった」
「はい」
「だが、君が自分で答えたいなら、そのほうがいい。俺が黙るのは、初めて役に立ったかもしれない」
私は笑った。
「いいえ。待ってくれたんです」
彼は、少し照れたように私を見た。
原作の妻は、悪女だと呼ばれた。
呼ばれた理由へ、自分の言葉で答える場面はなかった。
今日は、私が話した。
夫も、友人も、聞いてくれた。
それだけで、物語の外へ、一歩出られた気がした。




