↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/24

第14話 最強の夫に、できないこと

 残り十二日。アーヴィンと街へ出た。

 目的は、独立後の住居を見ることだった。

 危険があるからといって、離縁の約束まで消えたわけではない。


 護衛が少し離れてつき、私は彼と並んで歩いた。

 いつもの黒い上着ではなく、簡素な外套。

 それでも、背が高くて目立つ。


「一つ目の家は、庭が広い」

「花を植えられますね」

「二つ目は、図書館に近い」

「それは、捨てがたいです」

「三つ目は……この屋敷から近い」


 私は彼を見た。

 夫は、窓の枠を見ていた。


「近いと、何か便利ですか」

「……困ったときに、行ける」

「三つ目も、見ましょう」


 彼が頷く。

 スミが外套の裾から、顔を出した。

 街の人に見つからないよう、慌てて戻す。


 図書館の隣の家は、小さくて明るかった。

 窓辺へ机を置ける。

 自分の金で本を買い、並べる棚もある。


 叔父から届いた明細は、専門家が確認していた。

 全部がすぐ返るわけではない。でも、確実に残っている資産は、自分で管理できるようになる。


 私は窓を開けた。

 通りを、人が歩いている。

 誰かの妻ではない私が、その中へ入る暮らしを考えた。


「ここは、好きです」

「そうか」


 夫の声が、少し落ちた。

 私は窓から振り返る。


「離れるのが、寂しいですか」


 訊いてから、勇気を使いすぎたと思った。

 彼は誤魔化さなかった。


「寂しい」

「……はい」

「だが、そのために君の選択を狭めたくない」


 最強の剣士でも、私を自分のそばへ置く理由を、うまく作れない。

 そして、作れないからといって、力で置こうとはしない。


 私は彼の左手を見た。

 繋ぎたいと思った。

 その気持ちが、前世の知識から出てきたものではないと、もう分かっていた。


「帰りは、手を繋いでいいですか」


 彼の目が、大きくなる。


「君がいいなら」

「私が聞いています」

「……俺も、繋ぎたい」


 手が、温かかった。

 街の人の視線を少し感じた。

 でも、いつものように怖い噂の中へいるとは思わなかった。


 帰り道、荷車の車輪が石に乗り上げた。

 積んだ木箱が傾き、通りの子供へ落ちる。


 夫の影が、すっと伸びた。

 黒い幕で木箱を受け、地面へ下ろす。

 誰も怪我をしなかった。


 子供が、ぽかんと口を開ける。


「すげえ」

「離れていてくれ」


 夫が荷車の持ち主を手伝い、車輪を戻す。

 持ち主は何度も礼を言った。


 大きな音が止むと、通りに、普通のざわめきが戻った。

 灰狼の力を見ても、逃げない人がいた。

 怖かった顔が、感謝する顔へ変わっていった。


 夫が私のところへ戻る。


「手を、離した」

「必要でした」

「もう一度、いいか」

「もちろん」


 彼の指が、今度は少しだけしっかり私を握った。


 屋敷へ着く直前、私は足を止めた。

 夫も止まる。


「アーヴィン。私、離縁の家を選ぶことと、あなたから離れたいことを、同じには考えていません」


 彼が、ゆっくり息を吸った。


「……分かった」

「まだ、考えたいことはあります」

「待つ」

「待つだけで、黙らないでください」

「では、次も一緒に街へ行きたい」


 私は笑った。


「はい」


 帰りたい場所と、隣にいたい人。

 どちらも、私が選んでいいのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。