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第13話 悪女の部屋に、椅子を増やす

 翌日、私は温室へ入った。

 一人ではない。騎士と庭師、ベルタが先に中を調べ、ガイが安全を確かめたあとだった。


 硝子の屋根。

 南からの光。

 植木鉢の土の匂い。


 小説では、悪女が聖女を害そうとして、罰を受けた場所だった。

 この世界の私は、母が好きだった白い花を見に、何度も来ていた。

 同じ場所なのに、意味が違う。


「この棚は、動いています」


 庭師のサイモンが、床を指した。

 重い石の棚の下に、新しい擦れた跡がある。


 棚を動かすと、小さな銀の筒が出てきた。

 薬の工房で見つかったものと、同じ刻印。

 鐘の音へ反応し、周囲の魔力を乱す仕掛けだとベルタが説明した。


「公爵様が近くにいれば、影も揺さぶられます」

「私が、ここにいて」

「そう見せる用意かもしれません」


 空の椅子が、一つ置かれていた。

 私がいつも座る椅子だ。

 その頭上の金具が、細く削られている。


 吊灯と、同じだった。


 私は椅子の背へ手を置いた。

 未来を知って閉鎖しなければ、ここへ普通に座った。

 読んでいる本の続きを考えて、そのまま屋根を見上げたかもしれない。


「怖ければ、外へ」


 ガイが言った。

 私は頷き、外へ出た。

 最後まで見ていることが、勇気とは限らない。


 庭のベンチで、ララが水を渡してくれた。

 その手も、少し震えていた。


「奥様が死ぬ話なんて、聞きたくなかったです」

「ごめんなさい」

「謝ってほしいんじゃありません。私は、知っていて良かったんです。知らないまま、お花を見に行きましょうと言うところでした」


 彼女が、私の隣へ座る。


「奥様、私を置いて勝手に死ぬのは、禁止です」

「誰も、勝手に死ぬ予定はありません」

「でしたら、約束です」


 私は彼女の小指を、軽く握った。


 温室の棚から、もう一つ、紙包みが見つかった。

 私の名前でエマを招く、偽の招待状。

 当日、聖女を害そうとした夫人が事故で死んだという筋書きを作るつもりだったらしい。


 私は、その字を見た。

 形は似ていた。

 でも、自分なら書かない角度だった。


 人を悪女にするのに、その人が悪いことをする必要はない。

 見る人に、そう思わせればいい。


 小説のエマが、何を見せられたのか、少し分かった。


 夕方、私はエマを自室へ呼んだ。

 招待状も、筒の検査も、全部見せた。

 彼女は紙を読むと、布の袋へ丁寧に戻した。


「私が誘われても、ここへ来ません」

「はい」

「でも、夫人とお茶を飲むのは、やめたくありません」


 私は顔を上げた。

 エマは、真面目な顔で続けた。


「誰かが、そう見せようとするせいで。本当に話す機会まで、なくしたくないんです」


 ララが椅子を一つ、運んできた。

 私の部屋に、エマの椅子が増える。


 机の前で、彼女が本を見つけた。

 この世界の、古い詩の本だった。


「これ、好きです」

「私もです」

「最後の詩は、少し悲しすぎますけど」

「それは、私も思いました」


 二人で笑った。

 前世の本のことを、まだエマには全部話していない。

 でも、今、この場にある本の話はできる。


 夜、アーヴィンが迎えに来た。

 増えた椅子を見て、少し目を丸くする。


「君の部屋が、賑やかになった」

「はい。もう一つ、必要ですか」

「……俺の分か」

「違いますか」

「必要だ」


 ララが、すぐ椅子を出した。

 用意していたらしい。


 私は笑い、彼の席へ茶碗を置いた。

 悪女の部屋は、私が一人で未来を数える部屋ではなくなった。

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