第12話 狙われていたのは、妻のほうでした
契約の残りが十五日になり、王宮の調査が一つ、進んだ。
教会の薬を詰め替えていた工房が見つかった。
納入記録は公爵家にあるものと一致し、混入物の反応も同じだった。
ただし、直接の指示を出した者は逃げていた。
セヴェリン本人の命令だと、まだ断定はできない。
「役職の名で調査を止めるつもりはありません」
王妃はそう言い、護衛と検査の担当を増やした。
聖鐘祭の準備についても、独立した点検を始めるという。
薬の問題が、あの祭へ繋がる可能性が出てきたからだった。
工房には、一枚の手順書が残っていた。
数字と、物の名前。
日付は、祭から逆算する書き方だった。
十日前、葬送。
当日、狼の顕現。
候補者、清め。
私は紙を見て、息を止めた。
葬送。
狼。
候補者。
物語の中で、離れた場面に見えたものが、一枚へ並んでいた。
「リゼット」
アーヴィンが呼ぶ。
私は、紙を指した。
「温室の事故は、夫を狙った途中で、妻が巻き込まれるのだと思っていました」
「……違うのか」
「最初から、妻を殺す予定だったんです」
私が死ぬ。
夫が暴れる。
聖女が倒す。
小説を読んだときは、順番として繋がっていた。
いま見ている紙では、目的として繋がっている。
エマが、椅子へ座り込んだ。
候補者。
それは自分のことかもしれないと、分かったのだろう。
「私は、何をさせられるところだったんですか」
「今のあなたは、何もしていません」
私は言った。
アーヴィンが、私の横に立つ。
「させられる前に、止めよう」
彼の声は、冷えていた。
怒る姿を、初めて見た。
影が足元で濃くなる。
スミが、私の靴へ鼻を押しつけた。
小さな狼は、震えていた。
「アーヴィン」
私は名前を呼んだ。
彼が、顔を向ける。
「私も、怖いです」
「……ああ」
「だから、二人で考えましょう。一人で怒って、私を遠くへ送るのは、しないでください」
夫の肩が、ゆっくり下がった。
影の濃さも、少し戻った。
「考えた」
「分かります」
「だが、それだけでは君を守れないな」
「はい」
逃げることは、必要な選択肢だ。
でも、どこへ逃げるかを決め、誰が待っているかを確かめ、追われたときの手を用意しなければ。
部屋を替えるだけで、目的を持った相手から消えられるわけではない。
帰りの馬車で、私は初めて、声を上げて泣いた。
夫の前だった。
死ぬと知って、今日まで数えていた。
けれど、予定された死として紙に載せられる怖さは、別だった。
「生きたいです」
アーヴィンは、私を見た。
「離縁したあとも、年を取って、好きな本が出たら買って。つまらなかったら、誰かに文句を言って」
「ああ」
「新しい靴が合わなかったとか、そういうことで困りたいです」
彼の左手が、私の肩へ触れた。
私は、彼の上着を握った。
「そうしよう」
「……はい」
「俺も、そんなことで困りたい」
震える呼吸が、少しずつ落ち着く。
小説の最後の敵は、私が泣き終わるまで何も急がせなかった。
屋敷へ戻ると、温室の鍵を預けた。
閉鎖し、出入りを止める。
日付が来るまで中を調べ、罠を外す。
当日、私は別の場所にいる。
怖くなくなったわけではない。
それでも、怖いまま、できることを決めた。
机の三枚目へ、私は書いた。
まだ分からないこと。
その下へ、もう一行。
だから、私たちは生きて確かめる。




