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結ぶと解く  作者: ながずぼん
第七章 米国編
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第112話 葛藤と秘密

 ウチヤマ先生と港の遊歩道を歩きながら、前にアズマ教授と散歩をしたときに彼が自分のことを「偽物の教授」だと言っていた話をした。

 先生はそれについて触れず「僕は理科が大好きな子供だったんですよ」と言った。

「理科ってなにを学んでいると思います?」と訊ねられ「仕組み?ですか」と答えると先生は「そうです『ことわり』を学んでいるんですよ」と嬉しそうに言った。


「物理学も生物学も天文も、全部『理』を見つける旅なんです。子供の頃はすでにわかっていることを大人が教えてくれた。でも歳を取るにつれ教えてくれる人は減り、わかないことは自分で考えて答えを見つけ出す必要があった。それが楽しいんです」


 確かに、子供から見た大人は全てを知っているような顔をしているけれど、実際のところは世界のことをほんの少ししか知らない。それでも「知りたい」という気持ちが強い人たちが科学者を目指すのだろう。


「高校から大学へ進学するときに『理科』という学部がないので悩みました。それでひとまず物理学科へ入学することにしたんです。物の理だからそれを学べば生物も天文も理解できると思ったから。でもそうじゃなかった。生物にはほぼ触れないんです。

 僕の知りたいことを学ぶには生物学科に入り直すか、物理学科の大学院に進むかの二択を迫られたんです。好きな子二人のどっちに告白するのかと同じですよ」


 おれは勉強が好きじゃなかったけれど、好きな人は好きなりにそういう部分で悩んだりするのか。まあでも勉強の世界ならハーレム作っても叩かれないだろうけど。


 「それで僕はなにをしたと思います?」自虐的に笑いながら質問された。「んー、物理学大学院に通いながら授業のない時間は生物の講義に出たとか?」そう答えると先生は「その手があったのか…気が付かなかった」と驚いていた。「上手い具合に時間割?が嚙み合えばいいですけどね」と笑って言うと「確かに」と笑っていた。

「そのとき僕は、自分探しの旅に出たんですよ」と、また自嘲した顔で言っている。


「別にいいじゃないですか自分探しの旅。それを笑う奴が大層な人生かって言えばそうでもないんじゃないですか?家から一歩も出ない奴がやっかみで笑うんですよ」


「あははは。ハナダさんがこんなに怒りっぽい人だとは知りませんでした」


「いやいや、先生が自分のこと恥ずかしそうに言うから。恥ずかしくないのに」


「ああ、そんな顔していたんですね、失礼。それで僕は定番のインドに行ったんです。ありきたりですが衝撃を受けましたね。特に物乞いと死体が流れてくる光景に。そこでいろいろ吹っ切れまして物理学の道へ進むことにしたんです」


 随分端折ったなインドエピソード。そこが凄すぎて他が薄れただけなのかもしれないけど。先生がインドでなにを見つけたのかわからなかった。


「それで博士号を取ってポスドクになって、助教のときにアズマ教授と出会ったんです。教授には驚きました。まるで予言者のように先のことを言い当てるものだから。いま思えば教授の言動は俳優が筋書き通りに演技をしているようなものだったのかもしれません。それを彼が偽物と言っていたのは、彼がやっぱり『理』を目指す本物の科学者であるからじゃないですかね」


 きっとすでにアズマ教授からポストを禅譲されているのだろう。去り行く彼のことを寂しく思っているのが伝わってくる。アサガオさんの入れ知恵があったとしても、やっぱりアズマ教授は『教授』だったってことだ。


「あ、物理学科に進んで凄く良いことが一つありました。助教をしているときに家内と出会ったんです。先日ハナダさんも会った彼女、実は教え子だったんですよ。しかも彼女の名前『リカ』っていうんです。運命だったのかなあって今でも思います」


 なんか、純粋培養みたいな人なんだなあと思った。実際にいるんだこんな人。

 イメージだけど、この先の教授同士で予算の奪い合いみたいなのがあるのだとしたら、この人また悩んでインドに旅立っちゃうんじゃないかと心配になる。


 ホテルへの帰り道ウチヤマ先生は、今後は機械工学やITのことも勉強したいと言っていた。この人を基金のロビイストに指名した教授の目の確かさに感心した。


―――――


 木曜日は心理検査とストレスチェック。

 先週ヨハンソンが言っていた通りペーパーテストは計数理解テストだった。

 前提条件が文章と数字で示されていて、それについての設問がいくつかある形式。

 簡単な問題もあればややこしいのもある。算数のテストというよりやっぱり負荷実験的な意味でやっている感覚はあった。だってイライラしたし。


 その後、先週の設問と違うパーソナリティ診断をやって、次にストレスチェックを行った。ストレスチェックは先週と同じやつだったので、選挙のときの世論調査とか、どこかのお店のアンケートに答えているような気分だった。

 最後に採血をして終了。昼飯はフードコートでブリトーを食べた。


 送ってもらう車の中でヨハンソンに「明日、たぶん風邪をひくと思うんだ」と言うと「アドラに部屋まで行って連れてきてもらいます」と出勤拒否を拒否された。

 仕返しに「そういえばヨハンソンはミシュラさんのことアドラって呼んでるけど、二人は付き合ってるの?」と下世話な質問をすると、思ってたより車内が微妙な空気になってしまった。沈黙が続く。え?え?なにこれ…なんで?


「カレハ、ワタシノ、コイビトデハ、アリマセン。ナゼナラバ…」


 そこまで言い掛けたところでヨハンソンが先を制しミシュラさんに英語でなにか言っている。後部座席から二人の顔は見えないが、とにかく空気が重い。

 ヨハンソン側になにかの秘密があるようだけど、本人が言いたくないのなら別にどうしても聞きたいわけじゃないし。ホテルに到着したとき「からかっただけだから、その、気にすんな」とヨハンソンに告げて車を降りた。


 夜はパウラ先生のスペイン語講座。話す方はまあまあ覚えてきている。ただ、聞き取りの方がゆっくり喋ってくれないとわからない感じ。

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