遠くへ置いてきたもの ②
昼が終わる頃になると、町の店先へ小さな瓶が並びます。
それは透き通った、何の変哲もない空瓶。
けれど町の人々は、それをとても大事そうに持ち帰る。
その瓶には、“夢”を入れるのだそうです。
エナが小さく目を瞬かせる。
「夢?」
「ええ。夢と言っても夜に見る夢だけではありません」
吟遊詩人は静かに続けた。
川面へ視線を落とす。
「人は、生きていると色々な夢を抱えてしまいますから」
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昔、その町では、不思議なことが起きるようになったのだそうです。
夜が明けても、人々が夢の話をやめなくなった。
昨日見た夢。
昔の夢。
叶わなかった願い。
まるで現実の出来事みたいに語るのです。
そして次第に、誰も眠れなくなっていった。
眠れば同じ夢ばかり見るからです。
失ったものを、何度も。
戻れない日々を、何度も。
中には、夢の中の出来事を本当にあったことのように捉えてしまい泣き出す者もいたそうです。
逆に、現実の出来事を「そんなことあったか?」と話す者もいたのだとか。
夢と現実の境目が、少しずつ曖昧になっていったのでしょうね。
悲しい夢。
苦しい夢。
子供の頃に描いた夢。
大人になったらなりたかったもの。
遠い町へ行きたかったこと。
誰かと、ずっと一緒にいられると思っていたこと。
けれど人は、大人になるにつれて少しずつ知ってしまうのです。
夢の中には、叶わないまま終わるものもあるのだと。
それは時に、目をそらしたくなる現実。
けれど抱え続けるには、人は上手く生きていけない。
だから町の人々はそれらを空瓶へ閉じ込め、町外れの井戸へ流すようになったそうです。
最初は自己暗示のようなつもりだったのかもしれません。
そうすると、不思議と少しだけ楽になるのだとか。
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「……忘れるの?」
エナがぽつりと尋ねた。
吟遊詩人は少しだけ考える。
「どうでしょう」
「忘れる、というより遠くへ置いていくのかもしれませんね」
「痛みを抱えたままでは、心が重くなり人は歩けなくなることがありますから」
琵琶の弦が、小さく鳴る。
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ある女性は、亡くなった母との思い出を瓶へ入れたそうです。
泣いてばかりで、生きていけなかったから。
笑っていた声を。
手の温もりを。
忘れたはずなのに思い出して辛くなるから。
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またある青年は、叶わなかった夢を瓶へ入れたそうです。
昔は、自分もそこへ辿り着けると思っていた。
けれど気づけば、その場所は遠くなっていて。
代わりに、別の誰かがそこへ立っている。
それを見るたびに苦しくなってしまったのでしょうね。
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街の灯りが、一つ、また一つと灯り始めていた。
吟遊詩人は琵琶へそっと触れる。
「人は、ときどき手放さなければ歩けなくなるものがあるのでしょうね」
少しだけ目を細める。
最後の弦が、静かな夕暮れへ溶けていった。




