9.信用と信頼
本日の更新分です。
「……つまり、しばらくの間ルノアさんをお側に置くと?」
「ええ、問題ないでしょ?」
「しかし社長がなんて言うか……」
「その時は私が説得するわ」
食事を進めながら、ジョセフィンとセレナが会話する。
「……はぁ、相変わらずですね」
セレナは頭を抱えて再度ため息をつく。
「セレナさん、私からもお願いします。ジョセフィンはだいぶ煮詰まっているので」
ルノアが巧みに嘘をつきながら説得する。
「そうそう。だからルノアが必要なのよ」
ジョセフィンは、のほほんとした表情でトーストを上品に食べる。
セレナは胡乱気な目つきで彼女を見やる。
「……仕方ないですね。あなたの奔放さは今に始まった話ではありませんし」
最終的に首を振って諦めた。
「やったー!セレナ大好き!」
ジョセフィンは、喜びを表してキスするフリをする。
「ちょ!近いです!」
顔を赤らめて体を引くセレナ。
それから彼女は、メガネの位置をなおして咳払いをする。
「……そ、それで?ルノアさんは代筆屋さんなんですよね?」
奔放なジャズシンガーは、ルノアの代わりに力強く頷く。
「そうよ。彼女の書く手紙は人気なんだから」
嘘と本当を織り交ぜた話を、顔色を変えることなく喋るこの歌手は俳優も出来そうだ。
「……しかし、今までジョセフィンからルノアさんの話が出た覚えは無いのですが……」
承諾はしても納得はしてないのか、彼女は探りを入れてくる。
「あら?私のプライベートを全部話す必要あるかしら?」
ジョセフィンは結構ドライなところがあるようだ。きょとんと首を傾げて逆に問い返す。
「……そ、それは、そうですが」
優秀なマネージャーは傷ついたように俯いた。
どうやらこの2人はただの歌手とマネージャーではなさそうだ。
「まぁ、私とジョセフィンは最近メアリーさん経由で知り合ったので、話題に出なかったのでしょう」
ルノアはフォローする。
「そうそう、そうなのよ」
ジョセフィンは話を合わせて同意する。
「……そう、ですね。分かりました。色々詮索して申し訳ありません」
セレナは気を取り直して2人に謝る。
「気にしてないわ」
実際、ジョセフィンは気にしてないようだ。
食事の後。
セレナが皿洗いをする事を願い出た。ルノアは素直に任せることにした。
「じゃあルノア手伝って」
ジョセフィンは支度のため、奥の部屋にルノアを誘う。
そしてなんの躊躇もなくバスタオルを取った。
「……!!!」
あまりにも自然だったので、ルノアはガッツリ裸を見てしまった。
「ん?」
ジョセフィンは可愛く首を傾げる。
ルノアは素早く背中を向けて言う。
「ジョ、ジョセフィン早く服を着てくれ」
ルノアは体が熱くなるのを感じながら指摘する。
「あー、ごめん?」
背後から衣擦れ音がするのを聞きながら、ヘーゼルの着替えを覗いてしまった時と同じ反応をした自分に驚きを隠せなかった。
「……ルノアって……」
ジョセフィンが問いかける。
「……なんだい?」
「……ううん、なんでもない」
彼女の着替えが終わった頃、ちょうどセレナが皿洗いを終わらせて来た。
「ちょうどいいので本日のスケジュールをお伝えします。支度しながら聞いてください……どうしました?」
彼女は背を向けているルノアに怪訝な視線を向けて来た。
「なんでもないです」
「なんでもないわ」
2人揃って返答する。
「……そうですか?」
またまた胡乱気なセレナ。
その後。
3人で鏡台の前に集まる。
ジョセフィンは自身の化粧を、ルノアは彼女の髪のセットを、セレナはスケジュールを伝える。
「じゃあ、行きますか」
支度が終わって片付けも済んだ後、ジョセフィンの号令で3人揃って家を出た。
家の外には一台車が停まっている。
ちょうどセレナが鍵を取り出した時――
――カーンカーンカーン
教会から正午を知らせる鐘の音がした。
ビクッとした後、セレナは鍵を取り落とした。
「あっ……」
「大丈夫ですか?」
「セレナ?」
彼女はかすかに震えながらも鍵を拾い上げる。
「だ、大丈夫です。……すこし驚いただけです」
気丈に振る舞いながらも顔が少し青ざめてる。
ジョセフィンはハッとなる。
「やっぱり事故の事忘れられないんじゃ?最近よくあるわよね?」
「本当に大丈夫です!……だから、クビだけは、どうか……」
セレナは祈るようにジョセフィンを見つめた。
ジョセフィンはしばし呆然とした後、深くため息をついた。
「私が、クビになんてするわけないでしょ?」
そう、安心させるように微笑んだ。
それからルノアに向かって、
「運転頼めるかしら?」
そう頼んだ。
「分かった任せてくれ」
「し、しかし!この車は会社のもので、いくらジョセフィンのご友人とはいえ……」
「そんな様子で任せられるわけないでしょ?会社には私が申請しとくわ」
そう言ってセレナから鍵を受け取り、ルノアに渡した。
「……すみません」
「気にしないで。私だっていまだに怖くなる時あるんだから」
と、肩をすくめるジョセフィン。
ルノアが運転席に、ジョセフィンとセレナが後部座席に座る。彼女たちのガイドに従いレコード会社に向かっていく。
その車の少し後を、バイクが後をつける。
ルノアはチラッとバックミラーを確認する。
あのバイクの主は、ジョセフィンが事務所に来た時に見守っていた視線の者と同じだと確信する。
ルノアが守ってる事を向こうも認識しているためだろう、あえて気配を殺さずに警護していた。
依頼主が違うプロとしての礼儀みたいなものだろう。
セレナは落ち着いてきたようだ。ジョセフィンはそんな彼女の手を握っている。
産業革命の煽りを受け、街並みは鉄骨とレンガと魔力パイプが共存している。
空には魔導機船が優雅に飛んで、レンガの道には車と路面電車が走る。
街行く人はちょうど昼食の時刻だろう。
賑やかに、何を食べるか相談をしている。
ルノアは再度バックミラー越しに後部座席を見る。
ジョセフィンとセレナは安心しきったように座っていた。
ルノアはその信頼に応えたいと強く思った。
遥か、遥か遠くからの殺意をかすかに感じながら。




