10.ラーニ
「ダメだ!護衛が2人に増えてる!」
「……何?最初の報告と違うな?」
「くそ!だから最初の襲撃で確実に仕留めれば良かったんだ!」
「……仕方なかろう、まだ育成途中の若手に任せた上のミスだ。それにマネージャーの運転技術も予想外だったな」
「はぁ、その若手のツケを払う俺たち中堅ってわけだ」
「しかし、2人に増えたのならあの若手も生かしておくべきだったかもな。捨て駒として使えた」
「それも後の祭りさ」
「……ふむ、たかだかジャズシンガー1人にこうも手間取るとは」
「でも依頼人の金払いはいいんだろ?」
「そう聞いてる。お前も前金貰っただろう?」
「ああ!今までにない額だったぜ!」
「……どちらにせよ、我々に失敗は許されない」
「……ああ、そうだな」
そう言った後、2人は闇に消えていった。
――
午後。
ジョセフィンのレコーディング中。
セレナは社長室へ、1人で向かっていた。
ルノアはレコーディング室の前で待機している。
――コンコン
「社長、セレナです」
「……どうぞ、お入りなさい」
「失礼します」
部屋の中には社長と、
銀髪の女性が座っていた。
「……お邪魔でしたか?」
「いいえ、あなたにも関係ある方よ。どうぞおかけになって?」
そう、社長は座ってるソファの隣を示す。
「失礼します」
座ってからそっと、向かい側の銀髪の女性を観察する。
褐色の肌にストレートの銀髪、そして青い瞳。紅茶を優雅に飲む姿は、どこかアンニュイな雰囲気を醸し出していた。
――バチっ
目があった。
あまりにも綺麗で真っ直ぐな瞳で、目を離せなかった。
「こちらがジョセフィンを護衛してくださってる、ラーニさんよ」
そう、社長が女性を紹介する。
――この人が……
セレナは、目の前の人物に尊敬と感謝の念を抱く。
「それで、こちらがマネージャーの……」
「知ってるわ。毎日のように見てるもの」
ラーニと呼ばれた女性は社長の紹介を遮って言う。
「そ、それもそうね」
と、社長。
「セレナさん、ね」
ラーニはティーカップをソーサーに戻して確認するように呟く。
「は、はい」
セレナは何故か緊張する。
「良い精神科医を、紹介しましょうか?」
「「え?」」
セレナと社長の声がハモる。
「車の運転、怖いんでしょ?」
――ギクっ
ラーニの指摘にセレナは肩が跳ねる。
「そうよ、セレナ。ジョセフィンが会社に着くなり言ってきたけど大丈夫なの?」
社長が心配そうに見つめる。
「あ、その、ご心配かけて申し訳ありません。でも、確かにこれでは仕事になりませんよね……」
セレナは恐縮する。
「そこは安心して、代理の運転手を雇うわ」
社長がセレナの手を握り、安心させるように言う。
「それなら、あの黒髪の女に任せれば良いじゃない」
ラーニがどこかつまらなそうに喋った。
「黒髪の女……?ああ、ジョセフィンのお友達の方?」
と、社長が確認をしてくる。
「あ、はい。しかし、彼女にずっと任せるわけには……。それに彼女は信用できるんでしょうか?」
セレナとしては、急に現れた歌手の友人のことを信じきれていなかった。
「信用は、できるでしょうね」
銀髪の護衛は、何故か確信するように言った。
「ご存じなの?」
と、社長。
「詳しくは語らないけど、あの歌手の護衛をする傍ら調べたわ。まぁ、暗殺者ではない、とだけ言っておくわ」
社長と2人で瞬きをする。
「そこまで調べてくださっていたんですね」
感嘆するセレナ。
「仕事、だからね」
そう言い残して立ち上がった。
「じゃあ、アタシは休憩させてもらうわ。護衛対象は、しばらくここを離れないんでしょ?」
「え、ええ。でも……」
不安げな社長。
「安心して。まだ、奴らは襲ってこない。アンタたちがこの会社に向かってくる時、奴らはアタシた……アタシを確認して、引き上げる気配がした。だからしばらくは、安心よ」
そして名刺を取り出してセレナに渡す。
「もし、精神科医をお望みなら連絡して。紹介してあげる」
「あ、ありがとうございます」
そのまま振り返ることなく、社長室からラーニは出て行った。
しばらくの沈黙。
2人は扉を見つめていた。
「……なんだか、独特な雰囲気の方でしたね」
セレナは呆気に取られたように言う。
「……ええ、そうね。彼女はアルナシムの提携先企業の紹介で依頼したのよ。提携先は信頼できるし任せたの。ただ、詳しい仕事内容は教えてもらえなかったわ」
社長も目を瞬かせながら説明する。
「そうなんですね」
「ところで、運転手のことだけど」
と、社長は話を変える。
「あ、はい」
「とりあえずはラーニさんのお墨付きも貰えたし、例のお友達に任せるわ」
「分かりました」
「ジョセフィンと本人にも伝えてもらえないかしら」
「お任せください」
その後は、仕事の細々としたことを話した後セレナは退室した。
――
少し後。
ジャズバー、ブルーノクターンの前。
ラーニは、準備中の看板がかかってる扉を無視して開けた。
カウンターの向こう、マスターであるオーギュストは夜の仕込みをしていた。
店内は彼1人で、曲もかかっていなくて静かだ。
「邪魔するわよ」
オーギュストは、チラッとラーニを見やってから仕込みを続ける。
「あなたが、ヴェルディーナ市の「紺」ね?」
彼女は質問ではなく断定として言う。それからスツールに座った。
オーギュストは手を止めずに質問する。
「ご注文は?」
「話が早くて助かるわ」
そう言ってラーニは、紙幣を取り出してカウンターに置く。
「質問は三つ。一つ、最近この辺りに出没してる、血の気の多い余所者について」
――カンッ
オーギュストが氷を割る音が響く中、質問を続ける。
「二つ、その余所者の飼い主について」
――カンッ
「三つ、更にその飼い主サマにエサを与えた、不埒な太客」
――カンッ
「この三つよ」
そこで、オーギュストは手を止めてしっかりと顔を上げる。
静謐なジャズバーの中で、2人の視線がぶつかる。
無音の緊張がしばらく続いた後、
「……まずは一つ、本日の早朝に運河の底の土砂を攫っていた人が、一つの死体を発見しました」
「紺」と呼ばれた彼は口を開いた。
ラーニは無言で先を促す。
「その死体は死後2〜3週間経っていて、頸動脈を鋭利な刃物で切り裂かれていたようです。警察の所感ではプロの犯行と見られています」
ラーニは片方の眉を上げる。
「一つめについては、これ以上の情報はありません」
「仲間割れ、あるいは粛正か……」
彼女は嘆息する。
「二つめは?」
「北西地方の国々では、ここ3年とある暗殺者ギルドが活発に活動をしているとか」
「名前は?」
彼は首を振る。
「……そう」
「……ただ」
「……ただ?」
そこで、彼にしては珍しく躊躇した。
「なによ?足りないって言うの?」
彼女はそう言って、更に金を積んだ。
「……いえ、その暗殺者ギルドはとある団体と繋がりがあるのでは?と言われています」
「その団体の名前は?」
更に積み上がる紙幣。それを眺めるオーギュストの瞳は憂いを帯びていた。
「……白夜、という宗教団体です」
「白夜?」
ラーニは考えに耽る。
「分かったわ。三つめは?」
「三つめは……」
そこで「紺」は、ルノアとヴィンセントに教えた同じ名前を2人分告げる。
それらを聞いて立ち上がるラーニ。
「ありがとう。……あ、もう一つ聞き損ねてたわ」
そこで、ラーニはこれで最後と紙幣を積み上げる。
「ルノア・セラというよろず屋について、知ってること全部おしえて」
その瞬間、
常人では察せられない、
そんな僅かな刹那の瞬きの間、
空気がたわんだ。
「ルノア・セラ、ですか?」
オーギュストはキョトンとした顔をする。
「大したよろず屋ではありませんよ。確かに人気はありますが、売れるほどの情報はありません」
そう言って、最後に積み上げた紙幣をラーニの前に戻した。
「……………………なるほど、ね」
ラーニはその紙幣を、更にオーギュストの前に戻す。
「これはサービスよ。ありがとう」
そう言って、ラーニは振り返りもせずにバーから出て行った。
残るは「紺」と呼ばれたロマンスグレーの男性1人。
静かな店内に氷を砕く音。
カウンターに残るは紙幣の山。
そんな中、
「……寄る年波には勝てませんな……」
ぽつり、と呟きが一雫落ちていった。




