8.任務開始の朝
よろしくお願いします
その「女」は約一ヶ月前からジョセフィンのそばにいる。アルナシムで依頼を引き受けた。
きっかけはその歌手のレコード会社からの依頼だ。
どうやら歌手の近辺が不穏だから警護してほしいらしい。しかも本人のストレスにならないように隠れて。
会社はジョセフィンの活躍によって売り上げを伸ばした。何がなんでも彼女に歌手を続けてほしいのだろう。
ストレスを感じて歌手をやめるというシナリオを回避したいそうだ。
――歌手本人の意思は無視なのね。
「女」はそう思いながらも引き受けた。
「女」が警護を始めたと同時に、ジョセフィンを狙ってた気配が警戒を強め、彼女から離れたのを感じた。
おそらく「女」がやり手なことを察したのだろう。同時に「女」も敵がかなりのプロだと認識する。
――長期戦になるわね。
おそらく、また仕掛ける。今度こそ確実に仕留めるために。
――それにしても。
ジョセフィンは、何故こちらのことを認識してるのだろう。
彼女は1人きりの時、よくキョロキョロと周りを見回す。「女」が見てるのを気づいてるかのように。
暗殺者からも警護対象からも存在を感知されて、少し自信を失う。
ヴェルクロアに入国してしばらくして。
ジョセフィンは会社やマネージャーには告げずに、よろず屋に依頼をした。
花の名前がついた事務所だ。
――確か、ヴェルディーナ市で有名なよろず屋だったかしら?
ライフルのスコープ越しに、話してる2人を眺めながら記憶を辿る。
その時。
件のよろず屋がこちらをチラッと見た。
ジョセフィンとは違い、確実にこちらの位置を把握している。
――ドキッとした。
そのよろず屋は、勝気でまっすぐな表情だった。
何故か、頬が熱くなり、鼓動が少し早まる。
生まれて初めての感覚で、戸惑った。
深呼吸してスコープを覗き直す。彼女はすでに目線を外し歌手と話し込んでいた。
――まったく。
どいつもこいつもこちらを認識して、化け物ばっかだ。
気を取り直して警護を続ける。
これが、
ルノアと「女」のファーストコンタクトだった。
――
現在。
朝10時前。
ルノアはジョセフィンを家に行く。
商業区や劇場街にほど近い高級アパルトマンだ。
――ビー
彼女の部屋のチャイム鳴らす。
……少ししてから、ドアにゆっくりと足音が近づいてきた。
――ガチャ
扉が開いて寝ぼけ眼のジョセフィンが顔を出した。
「……セレナ〜?」
今日は地毛だ。寝癖がついてるのを確認できた。
「私です。よろず屋のルノア・セラです」
彼女は少し目を見開いて、口に手を当てる。
「あ、あら。よろず屋さん……ごめんなさいね、こんな格好で」
てへへ、と彼女は笑う。ネグリジェのまま出てきたようだ。
ネグリジェの隙間から豊かな谷間が見えた。
ルノアは、そっと目を逸らしながらため息をつく。
「不用心ですよジョセフィンさん。……中に入ってもよろしいですか?」
「……そ、そうね。セレナにはいつも叱られてるのだけど」
しゅんとした様子でルノアを中に招き入れる。
「お邪魔します」
部屋の中はおしゃれな内装で飾られていた。
ジョセフィンの趣味なのだろう。観葉植物やスタンドランプ、ソファの前には高級そうな魔導テレビが置いてある。
「落ち着く雰囲気ですね」
「でしょ?お客さんがおすすめしてくれた家具なんかを置いてみたの」
ジョセフィンはふわふわした様子で微笑む。まだ眠いようだ。
「どうぞ私のことは放って、身支度をしてください。マネージャーさん、セレナさんでしたっけ?彼女も迎えにくるんですよね?」
「……ええ、そうだけど」
どこか思案顔でこちらを振り返る。
「どうしましたか?」
「んー……手伝って?」
そういって彼女は首を傾げて提案してくる。
「……は?」
「だってぇ……まだ眠いし、セレナはいつも手伝ってくれないし、よろず屋さんはなんでも出来るんでしょ?」
そう言って駄々をこねる。
ルノアは呆れたように見つめる。
「私の仕事内容は友達のふりをして身辺警護する、でしたよね?」
「あら、だったら報酬を上乗せするわ」
「……そういう問題では」
「それに!友達のふりするんだから敬語を取らないと!あと呼び方!」
しばらく呆気に取られたように黙ったあと、
「……わかったよ、ジョセフィン」
ルノアは、ふ……と諦めたように微笑みかけた。
ジョセフィンは頬を赤らめて、
「あ、あら。なんかあなた……いえルノアみたいな素敵な人に言われるとドギマギするわね」
と、こちらも名前呼びをした。
少しの間2人の間に甘酸っぱい空気が漂う。
「で、手伝うよ。何をすればいい?」
ルノアが空気を変えるように語りかけた。
「そ、そうね。シャワー浴びて来るから、その後に化粧や髪のセットなどを手伝ってもらえるかしら?」
「じゃあ、シャワー浴びている間に朝食の用意でもしとこうか?食材使ってもいいかい?」
「……そんなこともしてくれるの?」
驚いたようにジョセフィンは言う。
ルノアは苦笑する。
「ああ、食べるだろ?」
「ええ!ありがとう!すぐ入って来るわね」
そう言って、スキップするように浴室に向かう。
「あ!セレナも食べると思うから3人分お願い!」
そう言い残して浴室に消えた。
――やれやれ
ルノアは少し呆れながらも支度を始める。
ルノアが朝食やコーヒーを作っている時。
――ビー
ドアのチャイムが鳴った。
おそらくマネージャーの人だろう。
ルノアは浴室の前に行って、扉越しにジョセフィンに呼びかけた。
「ジョセフィン?おそらくマネージャーさんが来たみたいだ」
――サー
シャワーの水の音ともに、彼女の声が返って来る。
「……あ、もう来たの?ごめん、出てくれるかしら?」
「分かった」
そう言って玄関ドアに向かう。
ドアスコープから覗くと、黒髪に丸メガネをした利発そうな女性が見えた。事前に伺っていた容姿と一致する。
ドアを開けて挨拶する。
「おはようございます」
「……え?お、はようございます……?」
彼女は驚いたように目を見開き、挨拶を返してきた。
「あなた……誰?」
眉を寄せて尋ねてくる。
ルノアは首を傾げる。
「あれ?ジョセフィンから聞いてませんか?」
彼女はマネージャーに説明しておく、と言ってたはずだが。
それから確認する。
「セレナさん、ですよね?」
「……ええ、そうですが。あなたは?」
セレナを中に招き入れながら説明する。
「ジョセフィンの友人のルノアです。歌詞のアドバイスなどをして欲しいと、相談を受けまして」
スラスラと、事前に打ち合わせしていた嘘をつく。
「そう……なんですね」
セレナは不安そうな顔をしながらも、納得したように頷く。
「ジョセフィンはシャワー浴びています。朝食を先に食べますか?」
彼女はびっくりしてダイニングテーブルの上を見る。
テーブルの上にはトーストとスクランブルエッグ、ソーセージなどが用意されていた。
「あなたが作ったんですか?」
「ええ、もしよければ召し上がってください」
「えっと……」
セレナは迷うように視線を彷徨わせる。
その時、浴室からジョセフィンが帰ってきた。
「さっぱりした〜」
バスタオルだけを巻いた姿で、髪を拭きながらやってくる。
「あ〜セレナおはよー」
彼女は無邪気な笑顔でセレナに挨拶する。
セレナは慌てたように言う。
「ジョセフィン!またそんな格好で!」
「わ!美味しそう!」
ジョセフィンは気にせずにテーブルに近づいてきた。
そのままルノアと腕を組む。
「ありがとう〜。冷めないうちに食べちゃいましょ」
ルノアは、柔らかな感触からそっと身を引きながら尋ねる。
「そうしよう。コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「私はコーヒー。ミルクと砂糖入れて」
「セレナさんは?」
「……紅茶でお願いします」
セレナは諦めたように席に着く。
朝食を食べながらセレナが尋ねてきた。
「それで、歌詞のアドバイスのために呼んだと聞きましたが」
ジョセフィンは、そこで先に説明してなかったことに気づいたようだ。
「あ……!伝えるの忘れてたわ」
ルノアとセレナは揃ってため息をついた。




