7.一番弟子
本日、2本目の投稿です
――約20年前の初春。
スイートピーの咲く季節。
「ルノア、ローズさん、本当に似合ってるかい?」
師匠が戸惑ったように、ローズに仕立ててもらったドレスを着て振り返る。
その日はルノアとお隣に住むローズによって、師匠にサプライズプレゼントをした。
「バッチリ!とっても綺麗だよ師匠!」
と、キラキラの目でルノア。
「あらあら、似合ってるわよ〜」
と、おっとりとしたローズ。
「こんな素敵なドレス仕立ててもらって……本当にありがとう2人とも……」
師匠は涙ぐんで微笑んだ。
「ほら、化粧が落ちてしまうわ」
そう言ってローズがハンカチを師匠に渡す。
「ねぇねぇ!そのドレス着て観劇とか観に行こうよ!」
ルノアは無邪気に提案する。
「あら、いいわね。楽しんでいらっしゃい」
と、ローズは背中を押す。
そう言われた2人はきょとんとする。
「え?ローズさんも行くんだよ?」
ルノアが言う。
ローズは慌てたように、頬を染める。
「あらあらあらあら、誘ってくれるの?じゃあ私もおめかししなくちゃね」
ルノアとローズは手を取り合って、おめかしの相談をする。
「ね?師匠!」
ルノアとローズが振り返ると、
ふ……と師匠が微笑んで2人を見守っていた。
暖かな日差しにキラキラと白い髪が反射して、若草色のドレスが彼女を彩っていた。
今でも、
決して色褪せない、
春の記憶。
――現在。
窓の外からは、夏の始まりを告げる虫の音が聞こえてくる。
「………………夢か」
ベッドの上でルノアは目を覚ます。
あの2人は、
もういない。
ローズさんは6年前に天寿を全うした。
師匠は……
思い出したくない。
トコトコとリオンが寄ってきて、トンとルノアの上に乗っかってきた。
一声鳴いて、ぺろぺろとルノアの顔を舐める。
まるで、
慰めてくれるようだ。
「……ありがとうリオン。大丈夫だよ、大丈夫」
彼女の頭を撫でて、体を起こす。
「さぁ……今日から警護の仕事だ。しっかりしろルノア・セラ」
喝をいれて朝の支度を始める。
――
朝8時。
ルノアはリオンを連れ、猫用の荷物も抱えてヘーゼルの家に徒歩で行く。
今回の仕事はほぼ1日中警護して、しかも夜遅くまで拘束される見込みだ。
流石に前回みたいに、リオンを家に置いておくわけにはいかなかった。
「にゃおー……」
リオンは不服そうに鳴きながらも、おとなしく抱えられている。
「リオン、辛抱してくれ。出来るだけ早く仕事を完遂して迎えにくるから」
彼女は、ホントかよ?とでも言うようにこちらを見つめ返す。
10分後。
ヘーゼル宅。チャイムを鳴らす。
すると、ドタドタとした足音が聞こえてきて勢いよく扉が開いた。
「リオンちゃん!」
顔を出したのは、ヘーゼルの5歳になる息子のセドルだ。
「にゃ!」
腕の中でびっくりするリオン。
「おはよう、セドル」
「おはようございます、ルノアさん!」
挨拶をすると、元気に返してくれる。
「抱っこしていいですか?」
リオンの抱っこをせがむ。
「リオンいいかな?」
リオンは胡乱気な眼差しでセドルを見つめる。
その時、奥からヘーゼルが作業着姿でやってきた。
ルノアとヘーゼルは目線で挨拶する。
「セドル、あなたこの前リオンを追いかけ回して警戒されてるのよ。今回は優しく出来る?」
と、ヘーゼル。
セドルはしゅんと肩を落とした。
ルノアも目線を合わして言う。
「セドル、仲良くしてくれるのは助かる。けど、リオンも生きてるんだ、敬意をもって接してくれると嬉しいな」
彼はもじもじとした後に、
「リオンちゃん、ルノアさん、ごめんなさい……」
と、謝った。
ヘーゼルは優しく目で見つめて、頭を撫でる。
「よくできました」
「リオン、どうだい?」
と、ルノア。
リオンはしばらく迷った後、するりと腕から抜け出しセドルの足元に座った。
「……わぁー!」
彼は体いっぱいで喜びを表現した後、
「……優しく優しく。けいいを持って接する」
ゆっくりリオンを抱きしめた。
ルノアとヘーゼルはその様子を優しく見守った。
ヘーゼルは、猫用の荷物を受け取りながら尋ねる。
「電話では詳しく聞いてないけど、長くなりそうなの?」
と、心配そうだ。
「ああ。どうも少し厄介そうな匂いがしててね。まぁなんとかするよ」
そう答えた。
足元ではセドルをリオンが舐めまくっている。
と、ヘーゼルがルノアを見つめる。
「どうした?」
ルノアが聞く。
「あなた、疲れてない?今日、しっかり寝れた?」
――ドキッとする。
流石に、20年近く幼馴染をやってると誤魔化せない。
少し迷ってから、懐中時計で時刻を確認する。
まだ約束の時間には間に合いそうだ。
ルノアはヘーゼルを家の中に促す。
ヘーゼルはセドルとリオンを家に上げ、ルノアをダイニングの椅子に座らせた。
「実は昨日、ブルーノクターンのマスターから貰った情報を考えて少し眠れなくて……」
「オーギュストさん?」
ヘーゼルは自分の先生の友人の名前を言う。
「そう。彼が言うには……」
ルノアは唾を飲み込む。
そこでルノアは、リビングで戯れ合うリオンとセドルを横目に見た。
――ハッとする。
「いや……やはりなんでもない」
家庭のあるヘーゼルを巻き込む訳にはいかない。
ルノアは咄嗟に口をつぐんだ。
「……そう……わかった。オーギュストさんに聞くわ」
ギョッとルノアはヘーゼルを見る。
彼女は少し怒った表情で睨め付けていた。
それからため息をつく。
「ルノア……相当参ってるわね。オーギュストさんの名前を出してる時点で、ウチが彼に尋ねる可能性に思い当たらないなんて……」
「……あ」
ぽかんとした。
そして苦笑。
「……そうだな。ヘーゼルの言う通りだ」
そして2人で目を見合わせて、笑い合う。
それからルノアは、昨日オーギュストから聞いた話をする。
「……そんな!」
ヘーゼルは大きな声をあげて、慌てて口を押さえる。
チラッとリビングを見る。1人と1匹は、寄り添ってテレビの教育番組を見ている。
ヘーゼルは声を潜めて尋ねる。
「それで、そのオメガという女性は何者なの?」
ルノアは首をふる。
「マスターもそこまでわからなかったそうだ。ただ件の団体の創始者が、白龍信仰に所属していたことは確認が取れたそうだ」
「なるほど……あいつらまさかまだルノアのお師匠さんに執着してるって言うの?」
ヘーゼルは師匠の名前を言わなかった。
ルノアに配慮してくれたのだろう。
ルノアはあの時から、
師匠の、
彼女の名前を聞くと苦しくなってしまう。
「少なくとも、信仰対象を見る限り執着してそうだな……」
ルノアは目を伏せて言う。
ヘーゼル、聞きづらそうに尋ねる。
「オメガという女性と、お師匠さんの関係に心当たりはある?」
腕を組み眉をしかめるルノア。
オーギュストが最後にくれた情報をヘーゼルに聞かせる。
「…………その女性は20代前後の年齢らしい」
「……まさか!」
「ああ……私もまさかと思ったさ。そもそも……いや、分からない。私は結局師匠のことを何も知らないんだ」
ゆるゆるとかぶりをふってルノアは頭を抱える。
夏の日差しが窓から降り注ぐ。
部屋の中に舞う埃を光が照らし続ける。
テレビが明滅し、番組の賑やかな音楽が静かな部屋に反響する。
ポン――
項垂れるルノアの頭にヘーゼルの手が乗った。
ゆっくりと目を上げると、ヘーゼルは眩しいほど真っ直ぐにルノアを見つめていた。
「あなたはお師匠さんの何?」
「……私?」
ルノアの目線は迷うかのように揺れ動く。
「そう、あなたは彼女にとって誰なの?」
尚も問いかける。
「……私は……」
「私は?」
「ルノア・セラ……」
目に……光が戻ってきた。
「師匠の一番弟子のルノア・セラだ」
はっきりと、
そう言った。
「うん」
ヘーゼルは包み込むように微笑んだ。
「安心して。もしまた不安になっても、孤独に苛まれても、ウチがいる。ウチたちがいる」
チラッとリビングを見やる。
寝落ちしたセドルをリオンが見守っている。
ふと、リオンと目が合う。
独りじゃないよ、
そう言われた気がした。
「あなたにはリオンも、セドルも、ヴィンセントさんも、オーギュストさんも、他にもいっぱい、いっぱい側にいる。だから――」
そこでスゥとヘーゼルは息を吸う。
「いつでも寄りかかっていいんだからね」
「うん!」
ルノアは子供の頃のように頷いた。
――
リオンを預けてヘーゼルの家を出る。
胸を張って、自信を持って、依頼に向かう。
これから先の未来、何が待ち受けているか分からない。
でも、独りじゃない。
だから、立ち向かうよ。
ルノア・セラの物語が、
今、始まる。




