6.お酒とジャズと過去の影
その夜。
ルノアは友人の警部を行きつけのバーに呼び出した。
店に入って見渡す。まだ来てないようだ
ヴィンテージな内装で調和された店内にはジャズの曲が流れ、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
客はそこそこ賑わっている。カウンターの奥のマスターに目で合図を送り、カウンターの端に着く。
「何にいたしましょう」
マスターが声をかけてくる。
「そうだな……まぁいつもので」
ルノアはコーヒーカクテルを頼む。
「かしこまりました」
マスターがカクテルをサーブしてくれたタイミングでちょうど友人のヴィンセントが来た。
「やぁ、ヴィンセント」
「よぉ、黒光の」
彼は少し疲れた様子でネクタイを緩め、席に着く。
「マスター。ウィスキー、ロックで」
そのままお酒を注文する。
「ヴィンセント、その2つ名やめてくれと言ってるだろ」
黒光のルノア、彼女の多くある2つ名の一つだ。主に警察関係者の間で広まってるらしい。
ルノアは居た堪れない気持ちでソワソワする。
彼は袖をまくって愉快そうに笑う。
「まぁ、そういうな。お前さんのおかげでマフィアはだいぶ大人しくなってる。うちの署でもルノアのファンは多いんだぞ」
ヴィンセントはここ、商業国家ヴェルクロアの首都ヴェルディーナの警察署で警部をやっている。
ルノアはしかめ面をしてカクテルを飲む。
「そう思うならマフィアをなんとかしてくれ。クロコダイルの時もあやうく私が犯罪者になるところだった」
ヴィンセントは頭を抱える。
「お前はやりすぎなんだ。一応警察との合同調査の結果という形でなんとか済ませたが、上とのやり取りは胃に穴が空くかと思ったぞ」
「上、ね」
ルノアは鼻を鳴らす。
「ああ、悪徳警察どもだ」
ヴィンセントも相槌をうつ。
「早く出世してくれ」
ルノアはからかう。
「よせやい。結局出世できるのは世渡り上手なやつなのさ」
ヴィンセントはサーブされたグラスを回しながら愚痴を言う。
「それで?アルナシムでの事故の件、調べてくれたか?」
ルノアは話を変える。
「それだよそれ!お前ジョセフィンさんと会ってサイン貰わなかったのかよ」
ヴィンセントは身を乗り出す。ルノアは白けた目で身を引く。
「仕事だったからな。ファンなんだから正規のルートで手に入れろ」
「……ぐぅ」
ヴィンセントは項垂れるが、渋々手帳を取り出す。
「調べたと言っても、ルノアがジョセフィンさんから聞いた話とそう変わらないぞ?」
「要点と新情報だけ教えてくれ」
そこでヴィンセントは周りを見て、近くにはマスターしかいないことを確認する。
「ん。まぁ事故の経緯は知っての通りだ。警察としては被害者はマネージャーのセレナという女性のみになってるがな」
そこで言葉を切ってグラスを傾ける。
「で、だ。現場にはブレーキ痕は無かったそうだ」
「……ふむ」
ヴィンセントは舌打ちをする。
「くそっ……ジョセフィンさんが無事でほんと良かったぜ」
と、小声で胸を撫で下ろした。
「あ、マスター分かってると思うが……」
そこで、ヴィンセントはマスターに言いかける。
「分かっております。この情報はゴシップ誌などには売りません」
「助かるよ」
と、ヴィンセント。
ルノアはマスターに金を握らせた。
「いつもありがとうございます」
と、マスター。
ヴィンセントは見て見ぬふりをしてウィスキーを飲む。
「それで?」
ルノアは続きを促す。
「ああ。あと分かったのは、その追突してきた車は盗難車で林道に捨てられてたってことかな」
「魔力検査は?」
「もちろんしたさ。だが指紋もその他犯人につながる痕跡も残って無かったらしい」
「……プロ、だな」
「ああ」
「ジョセフィンさんのファンだろ?何か彼女が恨まれてる心当たりないか?」
ヴィンセントは腕を組む。
「て言ってもなぁ……」
そこでチラッと2人でマスターを見る。
「……私も情報屋を名乗っていますがなんでも知ってるわけではありませんよ?」
と、飄々とした表情のマスター。
「だよなぁ……」
肩を落とすヴィンセント。
「……ですが、噂程度なら知っていることもあります」
「教えてくれ」
ルノアは金を出す。
「知ってる情報は2つ」
と、彼は指を2本立てる。
ルノアはさらに金を渡す。
満足そうに頷くマスターと目を全力で逸らすヴィンセント。
「まず一つ目……ジョセフィンさんは政府のとある要人の方に誘われて断ったようです」
それを聞いてヴィンセントは肩を怒らせる。
「……くそっ。腐ってやがる」
「……その要人の名前は?」
ルノアは冷静に尋ねる。
彼は、口髭を触りながらとある政治家の名前を出す。
ヴィンセントの手の中で、グラスの氷が溶けて音を立てた。
ルノアは頭の中にしっかりメモをする。
「……もう一つは?」
と、ヴィンセントが尋ねる。
「あとは……ジョセフィンさんがここ2、3年で売れ出した後、人気が低迷した歌手がいます」
そう言ってその歌手の名前も教えてくれた。
ジャズのピアノの音色が3人の密かな会話を消し去っていく。
小一時間そのバーで過ごした後、ルノアとヴィンセントは立ち上がって退店しようとする。
そのルノアにマスターが声をかける。
「ルノアさん……ブレスレットのサイズ直ったんですね。良かったです」
ルノアは左腕のブレスレットを触り微笑んだ。
ヴィンセントは空気を読んで先に店を出た。
「ああ……これはマスターの亡くなったご友人が作ったと聞いた。直した私の友人にとっての先生だな」
「ええ……良い人から亡くなって行きます」
「そうだな……」
しんみりとした空気が近いバーに漂った。店内には2人しか残っていない。
「……ルノアさん」
そこでマスターが目を上げてまっすぐ見つめてくる。
「……どうした?」
「……お気をつけくださいませ。白龍信仰の残党が生き残っています」
心臓が、
止まったかと思った。
「……まさか……私の師匠に全員殺されたはずじゃ?」
ルノアは思い出す。
師匠の優しい紅い眼差し、風に揺れる彼女の柔らかそうな白い髪。
――ルノア
そう呼びかけてくれる温かい声。
そして、誕生日プレゼントのブレスレット。
ルノアは左腕のブレスレットをまた触る。
「私も最近まで、そう認識していました」
そう言って視線を落とす。
「寄る年波には勝てませんな……私としたことが5年もの間気づかないとは……」
「……どういうことだ?」
さっきまでカクテルを飲んでいたはずなのに喉が渇く。
「5年ほど前、北西のクラスノールにて新たな宗教が起こったのです」
「まさか……」
「はい。宗教団体の名前は白夜。信仰の対象はオメガという1人の女性だそうです」
ルノアは眉をしかめて首を傾げる。
「オメガ……?」
師匠の名前とは全く違う。
「しかしそれがどう関係するんだ?」
そこで、マスターは一息つくように唇を舐めた。
「その女性は……白髪に紅い瞳をしているそうです」




