5.ジョセフィン
3日後。
少しだけ夏が近づいてきた午後。
部屋にはレコードでジャズが流れている。
ルノアはリオンを風呂に入れていた。
リオンは猫にしては風呂を嫌がらない。大人しくルノアの手の中で洗われていた。
「……にゃお」
「リオンもう少しの辛抱だ」
洗い終わった後しっとりとした毛玉になったリオンを抱えてソファに移動する。
魔導ドライヤーを優しく当てていく。
ドライヤーの音が苦手なのだろう。ビクビクとしながらも大人しく座っている。
「さぁ、終わりだ」
ルノアはドライヤーを切り、リオンの毛並みを撫でた。
その時ドアのチャイムが鳴った。
ルノアはリオンをソファに降ろして玄関を開ける。
「こんにちは。ここよろず屋さんでよかったわよね?」
そう言って入ってきたのは金髪に帽子を被って、サングラスをかけていた女性だった。
しかし、ルノアは瞬時にその金髪がウィッグだと気づく。しかもこの女性……ルノアは記憶の中にあるある人と目の前の人物を照らし合わせる。
「ええ、合ってますよ。いらっしゃいませ」
ルノアは彼女を招き入れ、奥まで誘導する。
そのサングラスの人物は事務所をキョロキョロと興味深そうに眺めて、かかっていた曲にすぐ気づく。しかし、もごもごと口を動かすだけで何も喋らない。
「どうぞ」
ソファを指し示す。
「……失礼するわね」
そう言って彼女はソファに優雅に座った。向かいにルノアが座る。隣ではリオンが毛繕いしている。
「まぁ、可愛らしい」
彼女はリオンを眺める。
「ええ、リオンといいます」
「私もペットを飼いたいのだけれど、家を空けることが多くて……」
「確かに、世話をしないといけませんからね」
ルノアは相槌をうつ。それから名刺を渡して自己紹介する。
「あら、どうも。お若いのにやり手のよろず屋さんだと伺っているわ」
「ありがとうございます」
そう言うサングラスの女性も若い。
彼女は名刺をカバンにしまってから深呼吸する。
「その……私も自己紹介しないといけないわね」
そう言って彼女はサングラスを外す。
緑の瞳とそばかすが現れる。
「私はジョセフィンって言います。私のことご存じかしら?」
そう言って曲が流れているレコードに目をやる。この曲は有名なジャズシンガーによるものだ。
「ええ、存じ上げてます。ジャズシンガーで有名なジョセフィンさんですよね?」
曲を歌っている歌手の名前を出す。
「ええ……あんまり驚かないのね。つまらないわ」
彼女はぷっくりと頬を膨らませる。
「でも私の曲聞いてくれてるのね。ありがとう」
「ええ、友人が特に大ファンで。その関係で」
「まぁ!サインいるかしら?」
ふ……とルノアは笑う。
「友人は欲しがるでしょうが、仕事中なので遠慮しておきます」
「あら、そう?欲しくなったらいつでも言ってね」
ルノアは微笑んで頷く。それから気になっていた髪について聞く。
「そのウィッグよく出来てますね」
ジョセフィンは顔を明るくする。髪に手を触れる。
「ええ!そうなの。演劇関係の友達に小道具を借りたのよ。これなら絶対誰にもバレないと思ったわ」
テレビの向こうでは赤髪だったが、今は金髪のウィッグで隠している。
それからジョセフィンはルノアのことをしげしげと見た。
長身、褐色の肌、緑かかったウェーブの黒髪、肩までのセミロング、黒い瞳。ジャケットスタイルが細身の体にあっている。
「な、なにか?」
ルノアは戸惑って聞く。
「あなた、とても映えるわね!舞台俳優とか興味はない?」
ルノアは苦笑する。
「私に演技の才能はありませんよ」
「だったらモデルとか!」
「写真撮られるのはあまり得意では無いので」
「そう……残念ね」
ジョセフィンは本当に残念そうに言う。
ルノアは苦笑しながら用件を問う。
「それで、本日のご用件は?」
「あ、そうね。うっかりしてたわ」
ジョセフィンは姿勢を正して話し始める。
「私がツアーに行っていたことはご存じかしら?」
「ええ、テレビで見ました」
「そのツアー中、衣装や小道具が消えたり破損したりが多発したのよ」
「ほう、それは。ツアーは問題ありませんでしたか?」
「ええ、なんとか現地で用意したり、予備で代用したわ」
「調査はなされたんですか?」
「それがね、スケジュールがカツカツで私もスタッフも焦ってたの。対応するのでいっぱいいっぱいで……」
「なるほど、それ以外に気になったことは?」
「ツアーが終わった頃かしら、アルナシムで宿泊してたわ。夜、マネージャーの運転する車でディナーに行く途中他の車に追突されて……」
「え!お怪我は?」
ジョセフィンは自身の腕を抱きながら続ける。
「ありがとう、大丈夫。私もマネージャーも無傷よ。マネージャーの運転テクニックが上手かったのでしょうね。でなかったらと思うと……」
彼女は思い出すとぶるっと体を震わせた。
「追突してきた相手は?」
「残念ながら、そのまま走り去ったわ」
ルノアは段々きな臭くなってきたなと眉をしかめる。
「もちろん警察には通報済みだと思いますが」
「ええ。ただ、大事にならないために私は乗ってないことにするってマネージャーが。それで、隠れて迎えにきたスタッフと一緒にホテルに帰ったわ」
「マネージャーさんが警察と対応されたんですね。警察はなんと?」
「調査はしてくれたわ。でも犯人は今でも捕まってないわ」
「ふむ。あ、おふたりとも病院には行きましたか?」
「え?いいえ、怪我はなかったし」
「ダメです。例え見た目に怪我が無くとも、何か後遺症があるかもしれません」
ジョセフィンは焦ったように目を見開く。
「そ、そうなのね。分かったわ。今日か明日あたりに彼女を連れて病院へ行くわ」
「ええ、そうしてください。診断書も出してもらって、警察に提出してもらうとより良いかと」
「そう……ね。私の診断書を出すのは会社が嫌がりそうね。あまりゴシップ騒ぎを起こしたく無いらしいし。でもマネージャーのは提出するよう言うわ」
「そうですか……。会社の方は事故のことをなんと?」
「とても憤ってくれたし、心配してくれたわ。でも、何か隠してるような雰囲気なのよね……会社もマネージャーも……」
「……ふむ」
ルノアは考え込む。
「それでね、」
「はい、どうぞ」
「ええ、アルナシムから帰国する前あたりから、誰かに見られてるような視線を感じるのよ。私、幼い頃からそういう感覚に人一倍敏感で。気のせいではないと思うんだけど……」
ルノアは目の前の人物を魔力を使って見る。
――なるほど、妖精の加護か。
今ジョセフィンを見守ってる視線はかなりプロだ。普通の人なら気づかないだろう。
しかしジョセフィンは過去、妖精から気に入られる経験をしたのだろう。加護を貰い、感覚が研ぎ澄まされている。
「それは会社の方に告げましたか?」
「ええ、もちろん。でも何故か焦ったように気にする必要はない、て言われてしまって」
「……なるほど」
「しかも、衣装や小道具の破損は今も続いてるの」
「それは……ご不安でしょう」
ルノアは慰める。
「ええ、会社の人たちを疑いたくはないのだけれど隠し事されてると不安になってしまって……」
そこで彼女は一息をつく。
「マネージャーもそばにいてくれるんだけど……彼女、運転以外の荒ごとにはからっきしで。でね、ちょうどメアリーさんと食事する機会があってあなたの話を伺ったのよ」
「それで、会社に黙ってここに来た、と」
ジョセフィンは驚く。
「あ、あら?私言ったかしら?」
ふ……とルノアは笑う。
「分かりますよ。でなければそこまで変装する必要ありませんからね」
「まぁ!推理小説の探偵さんみたい!」
ジョセフィンは目をキラキラさせて興奮している。
ルノアは苦笑する。
「大袈裟ですよ。私はただのよろず屋です」
「でも、腕利きなんでしょ?」
ジョセフィンが聞くと、
ルノアは卑下せずに肯定する。
「はい。そこには自信を持ってます」
ジョセフィンはほっとしたようだ。
「じゃあ、私のボディーガードを頼めないかしら?」
「……ふむ、ボディーガードでいいんですか?調査ではなくて?」
「……そうね。調査も頼みたいところだけど……どちらも、なんて難しいでしょう?それに……」
「それに……?」
「ボディーガードって憧れてたのよね!」
彼女は興奮したように言う。
「は、はぁ」
ルノアは少し呆れてしまった。
「それで、どう?依頼を受けてもらえるかしら?」
ジョセフィンは少し心配そうに尋ねる
「分かりました。お受けしましょう」
ルノアは安心させるために強く頷いた。




