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file.07 思い出の焼きそばパン


 あれはそう。先々代の魔王様、ステファノス様の家庭教師を務めていた時でした。


 軽く思い出すと同時に、久しく訪れていなかったステファノス様を始めとした魔王様の部屋の前を横切った為か、歓喜に打ち震える私の内なる忠義が溢れ出して、無意識に『記憶投影魔術』を発動させてしまった。


 そうして、目の前に現れた記憶投影魔術──高解像度のモニターには、私が過去に体験した出来事が鮮明な映像となって移し出された。


 ◇


 ステファノス様のお父上であった当時の魔王様は、三度の飯より戦が好きな御方でした。


 その他の血族の方々も今にして思えば、大層血の気が多かったように思います。


 折角完成したばかりだと言うのに、どなたも中々魔王城に帰って来ようともせず。


 人類との戦に赴いては楽しそうに戦果の報告をされていたものです。


『クイン! 今回俺は敵将の首を──』

『いやいや、私なんて1000人以上の人間を消し炭に──』

『それを言うなら自分だって──』


 あの頃は魔王様の血族も多かった。


 城に籠もって仕事ばかりしていたせいで気が立っていた私も、御方々の話を聞くたびに心安らいだものです。


 そんな血気盛んな御方々が城を空けていた為、魔王城は必然的に慢性的な人手は不足。


 当時はまだ若くあられた、先々代の魔王様であるところの『ステファノス様』の家庭教師と言う大任を私が仰せつかった事も、必然だったのかもしれません。


 構造改革以前の魔族領には碌な教育を施せる程の知性をもった者がいなかったので、私以外に誰も適任がいなかっただけとも言いますが。それはそれ、これはこれ。


 家庭教師の任務を仰せつかったからには、全力で励む事になんら疑問はなく。


 当時の魔王様のお子であるステファノス様に、勉学を教授出来ると言う事実に涙を禁じ得なかったものです。


 しかし、今となってはその名を『賢王ステファノス』として魔族史に刻まれておられる御方であっても──。


「おいクイン、焼きそばパン買って来いよ」


 子供の時分はやんちゃな頃も御座いました。


「焼きそばパンを食べるなど、とんでもございません。そのようなものを口になさらずとも、私めが至高の焼きそばと究極のパンをお作りいたします」

 

「うるせえ! 俺は焼きそばパンが食べたいんだよ!」


 当時まだ子供だったステファノス様は非常に我儘でしたが、それも仕方のない事。


 少し考えればわかりますが、私のような弱者に魔王一族の御方が一体何を教わればよいのか。


 年若く見えてもその力は測りしれず、魔族の本能が弱き者である私を嫌悪していたのでしょう。


「畏まりました。しばしお待ちを………」


「魔族の街で売ってるような、きったねぇ焼きそばパンじゃないからな? ……そうだ。人間の街で売ってる人気の焼きそばパンだ、聖都の店で売ってる焼きそばパンを買って来いよ、クイン。そしたらお前の勉強を聞いてやってもいいぞ」


「……畏まりました。その間、ステファノス様にはこちらの課題を進めていただければと思います」


「わーったわーった、さっさと失せろ、鬱陶しい。……なんだって親父はこんなひょろひょろしたモヤシ野郎を俺の家庭教師にしたんだよ」


 酷く曖昧な基準の弱肉強食が支配していた魔族の社会を否定して、魔族を戦闘員である軍属と、非戦闘員である市民の2つに区別する事で魔族の社会構造を大きく変容させた賢王ステファノス様。


 そんな賢王様も、子供の時分は私のような弱き者に力を振りかざすだけの傲慢なだけの強者のお一人だったのかもしれません。


 聖都まで焼きそばパンを買って来いだなんて、そんな事をせずとも私が最高の美食を提供致しますのに……。


 ステファノス様の父上やその他血族の御方々は皆お優しく、私のような弱者が饗する物を喜んで口に運ばれました。


 けれど、生粋の強者であるステファノス様には弱者の作った食事を口に運ぶ事が我慢出来ないのでしょう。


 そして、焼きそばパンを買って来いと命じられた私は、仕方なく人類の生存領域に足を運ぶ事にしました。


「すまないが、焼きそばパンを1つ恵んではもらえないだろうか」


 と言う事で、徒歩で行くにしても飛んで行くにしても、魔王城から聖都までは恐ろしい程の距離があった為、帰りはともかくとしても、行きは転移よる移動で時間短縮をしました。


……ですが、それがいけなかったのかもしれません。


「な、何故魔族がここに!?」

「ぎゃあああああああああ」


「一体どこから入り込んだっ!!」


 アポも取らずにいきなりパン屋さんの中に転移したせいか、人族の店員は話を聞こうともせずに、大声でこちらを威嚇してきました。


「ああ、いえいえ。すみませんが、魔王様の命令で焼きそ──」


「魔王!? 魔王だと! 貴様、魔王なのか!?」


「ぎゃあああああああああ」


「急ぎ騎士団に報告しなければ!!」


「いえいえ、私ではなく魔王様が──」


「クソっ! なんてこった……。だが俺もこう見えてパン屋になる前は冒険者をやっていてな……! お客さんを逃がすくらいの時間稼ぎはしてみせる!!」


「ぎゃあああああああああ」


「……わかった。騎士団へは俺が走る。……バラッド、お前のパン美味かったぜ」


「あー……。その、話を聞いてもらっても宜しいでしょうか」


「来い 魔王! この俺、パン屋のバラッドが相手になってやる!」


「ぎゃあああああああああ」


「お相手は構わないのですが、その前に焼きそ──」


「そして! ……もし、もし貴様にほんの僅かでも慈悲の心があると言うのならば……。この場はどうか、俺一人の命で許して欲しい!」


「ですから、欲しいのは命ではなく焼き──」


「ぐっ! やはりか、やはり俺一人の命で許されるはずもないか!」


「ぎゃあああああああああ」


 ちょっと面倒くさいと思って転移で入店したと言うだけで、まさかあれ程までに接客態度を変えてくるとは思いもしませんでした。


 しかし『お客様は神様』なんて台詞は客側が使うべき言葉ではありませんからね。


 入店手順を間違えた私に落ち度があると言う事を理解していたので、完全にクレーマー扱いされた私は、仕方なしに他のパン屋さんを当たろうかと思いました。


 しかし、そう思って店を出ようとしたその時でした。


「死ねええええ!  魔王おおお!!」


 パン屋の店主らしき男が、包丁片手に非常にゆっくりと飛びかかってきたのです。


 あろうことか、魔王様に死ねと叫びながら。

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