file.06 お部屋訪問のその前に
魔王城の最上階には『王の間』と呼ばれる魔王様の居住スペースがある。
幾人かのメイドと許可された一部の魔族……と言うか私以外の立ち入りが固く禁止されているそのエリアには、今現在は魔王様以外に生活されている方は居ない。
ほんの数十年前までは、先代様やその奥方様も御住みになられていましたが、それも今は昔。
魔王様が今代のダフティリーズ様へと代替わりされて以降、お二人は魔王城から退去して、人類の生存領域への潜入調査と言う過酷な任務に就かれて……連絡がなくなって久しい。
最後の連絡は確か『冒険者面白い!』でしたか。
短い文面だったからと安堵したものの、未だに暗号解析は終わらず。
謎の暗号文『冒険者面白い!』の全容は掴めませんが、先代様や奥方様がそう簡単に人類に負けるとは考え辛い。
いずれまた連絡が来るまで今はただ待つしかありません。
「魔王様、クインです」
王の間へと足を運んだ私は、とりあえず広間に響き渡るように大きな声を掛ける。
普段であればこの段階で魔王様からの返事が何処からともなく聞こえてきて、数分後には甲冑に身を包んだ凛々しいダフティリーズ様が姿を現すのですが──。
「やはり、返事も出来ぬほどに集中なさっている、と考えるべきか」
王の間は広く、私が軽く声を上げた程度では隅々まで聞こえるはずもない。
けれど、それでも普段であれば、そんな私の声を拾い上げてくださった魔王様が瞬時に反応を返してくださっていた。
そんな魔王様の反応が無いと言う事は、やはり、居室にて何かしらの作業に没頭されていると考えるのが自然。
「……ふむ」
あまりプライベートゾーンに踏み込むのはよくない、と先代様に仰られていた故、ダフティリーズ様の居室には出来る限り近付かないようにしているのですが……。
今回は無断欠勤の期間があまりにも長すぎますから、一声かけるくらいであればお許しになられるであろう。
せめて次はいつ出勤されるのか、それだけでもお聞きできればそれに合わせてこちらも調整が捗ると言うもの。
それに、トイレに行っていると言う言い訳にも限界を感じていた所です。
説明事由が出来れば、愚昧な下々の者も納得させやすいと言うもの。
「魔王様、クインが参りました」
王の間を奥へ奥へと進みながら一部屋一部屋に声を掛けていく。
今代の魔王様であるダフティリーズの居室はまだ先ではあるが、だからと言って他の部屋にいないとも限らない。
故に、うっかり聞き逃される事がないようにと、一部屋一部屋丁寧に声を掛けながら進むのは当然の事。
それに、今はダフティリーズ様以外誰もお住みになっていないとは言え、この部屋の一つ一つには歴代の魔王様が住まわれていたのです。
ただ通り過ぎるなどと不敬が許されるはずもなく、私は一部屋一部屋お辞儀をしながら奥へ奥へと進んだ。
久しく訪れていなかった王の間を一歩、また一歩と歩く度に。
今となっては遠い、懐かしい日々を思い出していた。
◇
全てが力によって決められる実力主義の魔王軍において、唯一魔王様の一族だけは例外でした。
理由は単純にして明快、彼の一族はあまりにも強すぎたからだ。
今となっては戦闘員と非戦闘員がしっかりと区別されている事で、良質な秩序に支配されている魔族領も、ほんの数百年前まではぐっちゃぐちゃのどっろどろだった。
目が合えば喧嘩して、肩がぶつかれば殺し合い、昨日飯を食った食事処が翌日には倒壊している、なんて事も日常茶飯事。
右を向いても左を向いても暴力だけが蔓延る、今にして思えば、大層野蛮な時代だったように思います。
そんな阿呆と馬鹿と一握りの間抜けしか居ないような時代の魔族領においても、唯一誰もが絶対服従を誓っていた存在が『魔王の血族』です。
まだ地上に神々がいた古の時代。
その時代より連綿と続く太古の血族にして、始まりの一族とも呼ばれる魔王様の血族はそれはもうお強い。
阿呆と馬鹿と一握りの間抜けしか存在しなかった、どうしようもない魔族領がどうにかこうにか纏まっていたのは、魔王様がいてくださったからに他ならない。
そのような偉大なる魔王様一族にお仕えして早三百年。
今の魔王城が完成したのもちょうど私がお仕えし始めた頃で──。
「……ふふふ。思い出してしまいますね」
王の間を歩いていると柱や床の所々に古い傷がみえる。
ダフティリーズ様の居室に向かう前に、ちょうど差し掛かった一本の立派な柱に付いた古い傷。
それを見つけてしまった私は、柱についたその懐かしい傷を触りながら、卑しくも思い出し笑いをしていた。
それはまだ、魔王の一族の方々の多くが魔王城に住まわれていた頃の話。
先々代の魔王様、ステファノス様の若かりし日のこと。
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