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file.08 聖王騎士パトリオット


 許されない暴言を聞いた直後、パン屋の男は私の視線を受けて跡形もなく蒸発していた。


 ただの人間相手に少々力を入れ過ぎてしまったものの、魔王様に対する暴言が許されるはずもなく。


 さりとて即死は少し、罰として優しすぎたかもしれないと反省しつつ。


「ぎゃあああああああッ──」


 先程からずっとぎゃあぎゃあと叫んでは会話の邪魔をしてきた人間も、ついでに駆除しておきました。

 

「さっきからぎゃあぎゃあとうるせぇんだよ」


 叫んでいるだけであれば大目に見てやろうと思いましたが、残念ながらギルティです。


 この人間は先程パン屋の店主らしき男の魔王様に対する暴言を諌めようともしなかったので、死はどうしようもなかったでしょう。


 非常に出力を抑えた魔眼で軽く睨むだけで死んでしまったパンやの店主さんと同じく、ぎゃーぎゃー人間も簡単に蒸発してしまった為、反省させる事が出来ず。


「ふう。……おや?」


 不幸にもパン屋の店主は亡くなってしまったが、それはそれとして、ステファノス様が所望されている焼きそばパンだけでも回収しよう。


 そう思って店を見ると、魔王様の暴言を受けてついつい本気で睨んでしまったせいか、パン屋さんやその周辺が崩壊してしいる事に今更になって気付きました。


 その当時の私はまだ『難しい事はとりあえず殺してから考えればいい』と言うスタンスで生きていた為、焼きそばパンが跡形もなく消えてしまった事にその時になって気付いてしまった。


「……まあ、パン屋さんは他にもあるでしょう」


 死んだ者にまで生前犯した罪に対する憎悪を向けるほど、私は怒りっぽくもないですし。器もまたそれほど小さくはありません。


 そんな訳で、壊れてしまったものは仕方ないですし、なくなってしまったものは仕方ないと切り替えて、早々に次のパン屋さんを探しに聖都を歩き始めたのも束の間──。


「き、貴様ぁアアアアア! 何と言う事をっ!!!」


「バラッド! バラッドオオオオ!」


 騒ぎを聞きつけたであろう者共がわらわらと群がってきてしまった事に気付いた。


 そこには、先程パン屋から慌てて退店した男や、その男の後ろにぞろぞろと付いて回っている騎士団がいたので、とりあえず謝って問題点の指摘をしようとしたのだが──。


「申し訳ない。ここまでするつもりは無かったのですが……しかし、この建造物の造りが脆するのも原因の1つかと。私はただ少し見ただけで他に───」


 ちょっと睨んだたけで周囲の建物が崩壊するなどこちらとしても対処のしようがない。


 ゴブリンでももう少しまともな家に暮らしているのではなかろうか。


 うっかり他のパン屋さんまで壊してしまっては、ステファノス様に合わせる顔がなくなってしまうので本当に勘弁してもらいたい。


「黙れええェエエエ!」


「はい。黙ります」


 そうこうしている内に、聖都騎士団は時間が経つにつれてどんどん集まって、私を取り囲むようにして隊列を組んでいた。


 多少は怒られるかもしれないと思ってはいたが、まさかこんなにも怒るとは思ってもおらず。


 私は、騎士団の中でも一際派手な外套やアクセサリを着けた男の話を黙って聴く事にしました。


「……確かに! ……貴様ら魔族に比べれば、我ら人族は脆弱な生き物かもしれん」


 建物が脆いと言っただけであって、何も、人族が脆弱だとかそう言う話はしていなかったのだが……。


「しかし! 我等には絆がある! 知恵がある! 強きを恐れぬ揺るぎ無き意志がある!」


「はい」


 魔族にも絆はあるし知恵持つ者は居るし揺るぎ無い信念をもっている者は大勢いる。


 この男は何が言いたいのだろうか。


「我が名はパトリオット! 聖王騎士団団長にして人類の守護者!」


「おお……!」


 知っているぞ、パトリオット!


 魔王様が人にしてはまあまあ強いと言っていた奴だ!


「我が剣には人類が紡いだ歴史の──人々が託した夢──希望の光が、それら全ての重みが乗っている!」


「なん……だと……!?」


 人類の紡いだ歴史、夢、希望の重みが乗った剣……だと!?


「ふっ。如何なる術をもって聖都に張られている聖王結界を突破したのか、気になる所ではあるが、この際それはどうでもいい。……何故なら、貴様は今日この時をもって死ぬのだからな!」


 私はその時になってようやく、自身がどうしょうもない程の窮地に立たされている事を知った。


 魔王様が強いと言っていたパトリオット。


 その所作からは欠片ほどの強さも感じなかったが、しかし、どうやらそうではかった。


 そうではなかったのです。


「貴様の敗因はたった1つ……たった1つだけだ……」


 手の届く距離にいる相手の事はなんとなくわかるものです。


 その者がどう言う性格なのか、その者が何を好み、何を嫌うのか。


 その者がどの程度の力を持った者なのか。


 手の届く距離、目の届く範囲にいる者であれば……それは自ずと理解出来るもの。


 彼我の実力差がどれ程のものなのかも、わかるはずだった。


「貴様の敗因はただ1つ! 自分以外の誰も信じられないが故に、単身で聖都に乗り込んで来たことだ!」


 しかし、それには例外もある。


 いくら手の届く距離、目の届く範囲に居ようとも。


 その実力差があまりにもかけ離れている場合、それを正しく認識出来ない事があるのだ。


「くっ……。私はただ焼きそばパンを───」


 未だ魔王様の強さに遠く及ばぬ私には、目の前の男──聖王騎士団団長のパトリオットの強さが、正しく理解出来ていなかっただけだった。


 魔王様が強いと仰られた相手の強さが、私にはまるで理解出来ていなかった。


 それ程までに私とパトリオットの実力には断絶した差があっただけだったのだ。


「はははは! 今更後悔してももう遅い! 聖王結界は魔族を通さぬ為の人類の叡智が生み出した防御結界であると同時に、一度入り込んだ魔族を決して逃がすことのない牢獄結界でもあるのだからな!」


 なんと言うことだ。


 私はただ、ステファノス様に命令されて焼きそばパンを買いに来ただけだと言うのに。


 一体、何故このような事に。


 まさかパトリオットなる人間がこれ程の実力者だったとは……!。


 人の紡いだ歴史、託した夢、希望の光──などと言う、わけのわからない曖昧な概念を重みに変換して剣に付与できるような、神の如き魔術の使い手だったとは。


 その質量は如何程のものなのか。


 つまり、今奴が手にしているあのペラペラの剣は、ああ見えて数百トンから数千トンの重さがあると言う事で、それを軽々と振り回しているあの男は、想像を絶する強者──!


 今となってはどうと言う事もありませんが、概念付与はこの当時の私では想像すらしていなかった魔術。


 目の前に突如現れた強敵に、私はこの時、死を覚悟しました。

お読みいただきありがとう御座います!

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