file.32 魔王様トーーーク!
フィラフト様と恋仲にある女性。
ふわふわでフリフリな黒と白の服を着た黒髪の女性との会話は、ゆっくりと始まりました。
「……って言うか、魔王様とお付き合いされているどうのって言うのは何? ど、どう言う事?」
「ふふふ。いえいえ、そう難しい話ではありません。実はつい先ほどまでダフティリーズ様の居室の清掃をしておりまして、その際、無作為に散らばる女性の衣服を整えていたのですよ。貴女様が纏われている、その特徴的な服飾には覚えがございます」
「いや……。だからなんで」
「そもそも! 魔王様は部屋を汚したりはされません。御方は定時出勤から定時退社するその瞬間まで、椅子から動く事なく。私が作成した書類に判を押す以外の事はせず、ただじっと本を読んでおられるような寡黙な方です。そのような方が部屋を散らかすような事をなさるとは考えられません」
「うぅ……」
「それにもかかわらず! 初めて訪れた魔王様のお部屋には無造作に脱ぎ捨てられた女性用の衣服、肌着までもがそこら中に散乱しておりました。最初は侵入者に対するなんらかのメッセージ、或いは結界を構築している陣を隠すためのカモフラージュかとも疑いましたが……。それら脱ぎ捨てられた衣服を整理整頓しても、何もありませんでした。そうです、魔王様のお部屋は単純に汚れていただけでした」
「ぅぅ……」
「おっと、これは失礼いたしました。私は何も貴女様を責めているわけではございません! つまり、私が言いたい事は清潔に保たれているはずの魔王様の居室が汚れている事には、なんらかの原因があるのではないかと言う事でした。そして気付いたのです。これは、魔王様がお付き合いされている女性のものではないか、と!」
「ええぇ……。そう考えちゃうんだ」
私の見事な推理を聞いた未来の奥方様は、ばつの悪そうな顔をされておりますが、部屋の汚れなど気にする事はありません。
無論、私もそこを責めるつもりなどサラサラありません。
魔王様がお許しになられているのであれば、私如きがとやかく言うような事では無いと言うのもそうですが、何より、汚れなど掃除してしまえばお終いですからね。
「普段の私であれば見過ごしてしまうような、些細なヒントでした。気が付けて良かったです。もしその事に気付けていなければ、先ほど奥方様の手足を切断していたかもしれなかったですからね。実にギリギリの所でした」
「ホ、ホントにギリギリだね。あ、いや、そうじゃなくて……。って言うかさ、脱ぎ散らかされていた服って全部クインが畳んだの? ……その、下着とかも」
「はっ! 全ての衣服を魔術にて浄化した後、一枚一枚魂を込めて畳ませていただきました!」
「そ、そっか……うん、あ、ありがとう」
「お褒めにあずかり光栄にございます!」
奥方様が心配されるのも無理はないでしょう。
機能的で実用的な戦闘用の装束と違って、ファッションアイテムの生地は随分と貧弱な素材で出来ておりますからね。
それらが痛む事がないように、魔術の出力を調整するのは中々に難しい技術です。
無論、この私の手にかかればその程度の調整は造作もありません。
心配事が甲斐性されたのか、奥方様は咳払いを一つしてまた話を再開した。
「あー……。でもさ? ほら? その、なんで魔王様が脱ぎ散らかした服だとは考えなかったの?」
「ふふふ、面白い事を仰られますね。流石は魔王様がお選びになられた方です」
全くもって面白い質問が来たものです。
床に脱ぎ散らかされた服が魔王様の服だと思わなかったか、ですか。ふふふ。
「そ、そう? ……そんなにおかしな質問じゃないと思うけど」
「いえいえ、面白い質問ではないですか。魔王様は《《男性》》なのですから、このようなヒラヒラのスカートや沢山のリボンで装飾された洋服は着られませんよ、ふふふ」
この方が魔王様の想い人でなければ、この場で斬り殺してしまう様な冗談です。
ですが、さすがは魔王様です。
私を前にして、ともすれば魔王様に対する侮辱とも思える冗談を口に出来るような奥方様を選ばれるとは、感服いたします。
「え?!」
私の言葉の一体何に驚かれたのか。
未来の奥方様は、それまで何とも言えない微妙な感情を乗せられた瞳を大きく開いて、驚きの感情を表された。
「何かご不明の点がございましたでしょうか?」
「えっーと、いやあぁ? ……魔王様は男性、なんですね?」
「それは当然の事ではありませんか。──何故そのような質問を?」
「いや! いやいや! 何でもない何でもない! そ、そうじゃなくて、クインは魔王様のお顔を見た事とかあるのかな? とか、そう言う感じであって、別に魔王様が男とか女とかそう言う話をしてるんじゃなくて」
「ああ! なるほど、そう言う事でしたか! 一瞬、魔王様と貴女様の関係を疑ってしまう所でした。ふふふ。しかし、そうですね。確かに仰られた通り、私はダフティリーズ様の御尊顔を拝ませていただいた事はございません。奥方様の前でしか甲冑を外す事はないのでしょう。羨ましい限りです」
「は、ははは……そだね」
いわゆる魔王様マウントと言うものですね。
歴代の奥方様も、私の知らない魔王様情報を保有しておりましたので、こればかりは仕方のないことでしょう。
世の中には夫婦感だけの秘密が存在する、と言う事くらいはしっておりますとも。
羨ましいですが、こればかりは私にはどうしようもないですね。
「もちろん、ダフティリーズ様は普段から全身を甲冑で覆われている為、ご尊顔はもちろん、その玉体すらも目にした事はございません。ですが、それでも、男性か女性かくらいは流石にわかります」
「へえ。……ちなみに、どうして男性だと思ったの?」
「ふふふ。何、簡単な事でございますよ、奥方様」
男性か女性かを見分ける方法など単純です。
「ダフティリーズ様には胸が無いですからね。魔王様が着用されている甲冑は魔術の施された代物でして、体格に合わせてリサイズされるようになっております」
「──と、言うと?」
「つまり、男性か女性かは起伏の無い滑らかな胸部装甲を見ればわかるのです。反り立つ断崖絶壁が如く雄々しいあの胸板は、間違いなく男性特有のものなのですよ、奥方様!」
「……そう」
私が魔王様の秘書を務めて、何年になると思っておられるのでしょうか。
確かに、ダフティリーズ様とは仕事上の付き合いしか無いのかもしれませんが、性別くらいはわかりますとも。
未来の奥方様はどうにも俯き加減になってしまいましたが、ディープな魔王様トークが出来る相手は大変貴重ですので、もう少しだけ話を続ける事にしました。




