file.03 口の利き方には気を付けましょう
魔王様が出勤されなくなってから更に数日が経過しました。
「魔王様、嗚呼魔王様、魔王様」
私はその間も絶えず持ち込まれてくる大量の書類を片っ端から読み上げて、必要な案件の全てに対策を講じつつ魔王様の名を呟く毎日。
仕事自体は、魔王様付きの秘書であるこの私が単独でこなせば良いのですが、重要な案件の場合に最終決定権は私にはありません。
いくら私が対策案を講じた所で、最終的には魔王様の実印が必要になってくる。
その為、魔王様の執務室にはここ十年で見た事が無い勢いで、署名捺印のなされていない書類が山積みになっていました。
そして、今日も。
「クイン! 魔王様は何をなさっておられるのだ!」
「──魔王様は今現在トイレ中です」
何人ものお歴々が魔王様の執務室を訪ねては、 私に追い返されていた。
「最近はいつ来てもそればかりではないか! 四天王の一角が切り崩されたこの状況で!魔王様は一体何を呑気に構えておられるのか!」
「それは魔王様に直接お聞きになってくださいませ。卑小この私には、魔王様の御考えを十全に理解するほどの力は無く、返答は控えさせていただきます」
私としても何を考えているのかはまるでわからない、
しかし、慈悲深き魔王様の事です。何かお考えがあるのでしょう。
大好きな紅茶のお誘いをしても、王の間は静まり返っておりましたし、集中して何かをしている事は間違いありません。
『クインよ、余の話し方は堅苦しくはないだろうか』
『クインよ、後日行うスピーチについて其方の意見を聞きたい』
『クインよ、お茶請けのリクエストをしてもよいだろうか』
『クインよ──』
『クイン──』
『クイ──』
『ク──』
普段、どのような些細な事であっても、私と相談して動かれるあの御方が、出勤もせずに閉じこもって何かをなさっておられる。
話し方、歩き方、書類の書き方、どんな些細な事でも相談してきたあの御方が、私に何の相談もせずに居室に閉じこもって何かをされている。
もちろん、わかっていましたとも。
どんな事でも御一人で解決できてしまう魔王様は、あまりにも強すぎるが故に魔族から恐れられていた身。
本来、泰然自若としていれば良いものを、あの方はどうでもいいくだらない相談事を持ち掛ける体で、私に話す切欠を与えてくださっていたのだと。
もちろん、わかっていましたとも。
書類の書き方まで知らないなど、それではただの馬鹿ではないかと、そこらの有象無象であれば安易に考えてしまうでしょう。
本当に何も知らないのではないかと疑いたくなる程の、魔王様の圧倒的な演技力を前にすれば、並の魔族であれば騙されていたかもしれない。
しかし、そうではない、そうではなかったのです。
魔王様にとって、自分以外の全ての魔族は余りにも弱すぎて、余りにも未熟すぎるのでしょう。
恐らくあの御方から見た我らは、赤子同然の存在なのでしょう。
親が子供を躾ける方法には様々なものがあると、聞いたことがあります。
例えば、部屋を散らかしてばかりの子供に頭ごなしに片付けろ、整理しろと言っても天邪鬼な子供でああれば逆に反発して余計に散らかしてしまうような事もあるとか。
しかし、どうやって片付ければいいのか、これは何処に仕舞えばいいのかと、質問を投げかけるとあら不思議『パパやママはこんな事もわからないのか、だったら僕が教えてあげなくちゃ!』と言う風に。
得意げになって勝手に教えながら整理整頓を始めたりすることもあるらしい。
子供には子供にあった接し方がある。
弱者には弱者にあった対処法がある。
魔王様が行っていたのはまさにこれだ。
あの御方にとってすれば、私など書類の書き方も知らないような……辛うじて字が読める程度の馬鹿にしか見えていなかったに違いありません。
そんな私の事を想って、私の自尊心をを傷つけまいと、あえて御自身を落として相談をされていたのでしょう。なんとお優しい御方。思い出すだけで落涙しそうです。
一瞬でも『あれ? こんな事も知らないなんて、現魔王様はもしかして馬鹿なのかな?』と思ってしまった、当時の私が恥ずかしくて仕方がありません。
ここ数日会話をしなかったせいで少し寂しかったのか、魔王様と過ごした日々が一瞬頭の中をよぎってしまった。
「話にならん! ……まさかとは思うが、魔王様は体調を崩されておいでなのか?」
懐かしい日々を思い出して少し暖かい気持ちになっていると、目の前の男が未だにぺらぺらぺらぺらと話していることに気付いた。
「そんなまさか。魔王様が体調を崩されるなど。星の終わりがあれど、魔王様に終わりはありはしません。魔王様は日々健康にお過ごしでございます」
「であれば何故に最近はいつもトイレに籠っておられるのか!」
「いつもではありません、たまたまです。トイレなど毎日誰だっていくではありませんか。卿が訪れる間が悪いだけの事ではないでしょうか?」
「ああ言えばこういう奴め……。ふん、四天王が切り崩された事で魔王様が弱気になっていなければよいがな! ……こうもトイレに籠られてばかりおいででは、心労から来る腹痛ではないかと疑う者も出てこよう、ふはははッングッ──ッッ!!?」
目の前の男が戯言を口にしたその瞬間、
「おい爺……誰に向かって口きいてるのかわかってんのか?」
俺の右手がいつの間にか目の前の爺の口を押えていた。
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