file.02 四天王最強の男よ永遠に
魔王様が何処かに行かれて数日。
今日も今日とて、魔王様の執務室のドアの前に立っていると。
「クイン、魔王様との面会は可能か?」
魔王様の執務室の前にやって来た魔王軍幹部の1人が声を掛けてきた。
魔王様への直答を許されている者は驚くほど少ない。
現状ではまず秘書である私に話を通して、その後に私が必要と判断すれば魔王様へ取り次ぐ事になっている。
魔王様のように、日々その御心を魔族に捧げている慈悲深い御方の手間を少しでも和らげる為にも、魔王様付きの秘書である私は、持ち込まれる仕事の内容を精査して優先順位を決めて魔王様に報告しなければならない。
それに、お優しい魔王様の事です。
誰彼構わず陳情など持ち込まれようものなら、片っ端から対処しようとされるに違いありません。
その為、私の方で対処可能な案件であれば私が処理して、少しでも魔王様の負担を減らさなければならない。魔王様の秘書とはそう言うものです。
そんな訳で、九割以上の仕事は私がこなす事になりますが、大切な決断はいつだって魔王様のお仕事なのです。
「──魔王様は今現在トイレ中です。面会はまた後日、日を改めてお願い致します」
しかし先日、勇者速報にて四天王最強の男『炎滅のアナフレクシ』が討ち取られたと言う話をした日から、魔王様の姿が見えなくなってしまいました。
魔王様の居住がある魔王城の最上階、王の間に赴いて大声で挨拶をしてみたものの返事はなく。
もし万が一にもお身体の具合が悪いのであれば、早急に治療に当たらなければならないのですが、それもわからず。
それに、いつ頃お仕事に戻られるかくらいは、秘書である私に一言告げていただければ調整も捗るのですが。
最悪の場合、魔王様の居室まで行って声を掛ける事もありと言えばありなのですが、先代様との約束もあるので、出来ればそれはやりたくありません。
……いけませんね。そもそも魔王様の御考えを理解出来ていない私が未熟なだけだと言うのに、魔王様に多くを求め過ぎているようです。
確かに、普段は紅茶を飲んでお菓子を食べているだけで、お仕事らしいお仕事をする事もなく。
少々難しい案件が舞い込めば『クインよ、これも勉強だ』と言って、私の成長の為に全て回してくださる、大変面倒見のよい魔王様ではあります。
故に、魔王様がお仕事をお休みされたからと言って魔王軍の運営に支障はありません。
しかし、それでも現魔王様が執務室に現れない事など一度たりともありませんでした。
『皆勤賞は基本だ』と仰られて、この十年以上、私も魔王様も休暇らしい休暇など取っていません。
そんな魔王様が執務室に現れないなど──。
「そうか、トイレなら仕方ないな。わかった、出来れば直接ご意見を伺いたかったが……。クイン、こちらの書類を魔王様にお渡ししてくれ」
「畏まりました」
本日何度目かになるやり取り。
四天王最強の男『炎滅のアナフレクシ』が勇者なる超常の生物に討たれて以降、魔王軍の内部はかなり慌ただしくなっている。
私としても、勇者が強い事は認める所ではあったが、まさかあの炎滅のアナフレクシが敗れる事までは考えていなかった。
先日彼と話した時だって──。
『クイン、俺さ……。今度結婚しようって思ってるんだ』
『ほう? それはおめでとうございます。お相手はかねてからお付き合いされていた?』
『ははは……。まあ、な? いつかはこう言う日がくるんじゃないかってわかってたんだけど、いざその時が来ると結構恥ずかしいもんなんだな』
『恥ずかしがる事などありません。アナフレクシ、今やあなたは四天王最強と呼ばれる男、胸を張ってください』
『そ、そうか? そうかな……? わかった! クインが言うならそうするぜ! そんじゃまあ、ちょっくら勇者の様子でも見て来るわ!』
私もアナフレクシも、勇者に負けるなどと言う可能性は微塵も考えていませんでした。
勇者は確かに強く、この世界の常識を逸脱した怪物ではあります。
ですが、勇者速報を始めとした勇者研究は日進月歩で進み、凡その能力解析や、過去の戦闘から割り出した得意戦術の傾向や、逆に苦手とされるであろう状況などのデータも蓄積していた。
勇者と言う超常の存在が、戦えば戦うほど、魔王城に近付けば近づくほど、不明瞭だったその存在が徐々に露わになっていた。
そして、現状まで判明していた情報から見るに、魔王軍四天王最強の男である炎滅のアナフレクシであれば打倒は可能だと、私も判断していました。
それがまさか討ち取られるとは……こればかりは想定外でした。
戦闘を直に見ていた者の報告を読んでも、不幸に不幸が重なった偶然による敗北であり、実力的には決して敵わない相手ではなかった、と記されていました。
アナフレクシは運も実力もある男です。
決して些細な不幸程度の事で戦いに敗北するような男ではないはずです。
一体、彼に何が起きたのか……。出来る事ならその戦いの一部始終を見たかったものです。
しかしこれでまた一つわかった事もあります。
勇者の能力は今現在も未知数ではあるが、或いは呪いのような能力を保有している可能性も視野にいれなければならないのかもしれないと言う事。
結婚を間近に控え、今まさに幸せ絶頂とも呼べる状態にあったアナフレクシを不幸のどんぞこに叩き落とすような、強烈な呪い。
勇者に対する警戒度をもう一段引き上げるべきかもしれません。
しかし、それはそれとして、魔王様の事も心配ではあります。
勇者などいざとなれば魔王様がお相手なさるので、そこまで焦るような相手ではない。
四天王もまだ三人も残っているのだから、上手い事動かせば勇者など余裕で撃退できるだろう。
ここ数日、大量に持ち込まれる資料の束を1つ1つ整理しながら、今後の魔王軍の事を考えていた私は、魔王様が出勤されるその時を今か今かと待ちわびていました。




