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file.04 魔族社会はとてもシンプル


 目の前の男の戯言を聞いた瞬間、俺の身体は勝手に動いていた。


「おい爺……誰に向かって口きいてるのかわかってんのか?」


「ひゃっ! ひゃめんか!!!」


 顔面を握り締められているせいで、上手く喋る事が出来ないのか。


 俺の指が食い込む顔面を歪ませて、目に涙を浮かべた男が何を言っているのかはよく聞き取れなかった。


「お前さ、なんか勘違いしてるみたいだから言っといてやるけど。誰に口きいてるのかわかってんのか? 誰を前にして、魔王様に舐めた口きいてるのかわかってんの?」


「ひゃあああ! ひょうしわけありまひぇん!!!」


 俺に顔面を掴まれた男は尚もぎりぎりと締め付けられえ、持ち上げられた事で両足は地面から離れていた。


 魔族は魔王様を頂点にして統一された、完全なる実力主義社会です。


 たとえ1歳だろうが強ければ上に立てるし、例え1000歳だろうが弱ければ一生上には立てない。


 強弱の基準は多岐に渡り、知力、財力、精神力、魔力と様々なものがありますが、それでも、最もわかりやすい基準の1つは、やはり『戦闘力』を置いて他にはないでしょう。


 手合わせして強い者が強者として上に行く、王族の血統やらなにやらと複雑でややこしい社会を構築している人類に比べれば、魔族の社会は至極シンプルです。


 しかし、魔族だからと言って誰も彼もが戦えるわけでもありません。


 誰も彼もが戦闘力に秀でているわけではない。


 では、そう言う戦闘力の弱い奴らはずっと搾取され続ける運命にあるのかと言われれば、それも少し違う。


 魔族の中で実力主義が適応されるのは『魔王軍』の中だけの話です。


 調査によれば、これは人類側も似たような傾向にあるらしい事がわかっています。


 全ての者が戦えるわけではないし、魔族の中には商売をする者もいれば、人類との共存を望んでいるようなおかしな者もいる。


 特定状況下においてのみ無類の強さを誇るような種族もいれば、本当に人類と変わらない程度のしょぼい魔力しか持たない弱い奴らもいる。


 彼等にまで弱肉強食の法則を当てはめてしまうと、多かれ少なかれ一方的に搾取され続けてしまう種族が現れてしまう事は想像に難くありません。


 事実、過去には奴隷としての価値しかないと搾取され続けていた弱小種族もいましたからね。


 それを間違っていると否定して、魔族社会の構造改革に乗り出したのが先々代の魔王様ステファノス様でした。


 ステファノス様は、人類の社会のような一部の上に立つ者が弱者から搾取し続ける構造を悪と断じ、それと同時にそれまでの魔族の在り方もまた悪と切り捨てられました。


 そうして、まず初めに取り組んだ試みが──。


「魔王軍西方司令部の副官如きが、この俺に向かって随分と舐めた口を利くようになったじゃないか、なあ? おい?」


 魔王軍と言う戦える魔族と、それ以外の魔族の区別だった。


 それまでの魔族は一丸となって人類と相対していたが、その度に弱い者は蹂躙されて、命を落としていた。


 強い者もまた、戦争の最中は本業である畑仕事や狩猟などが出来なくなるので、戦争が終わって自分の家に戻ってくると荒れ果てた畑を再度耕したりしなければならず、結構大変だったとか。


 故に、先々代魔王であるステファノス様は、戦う事だけに特化した集団『魔王軍』を作る事を決断なさった。


 それまで仕事をしながら戦っていた者も、碌に戦う力もないのに戦争だからと言う事で戦場に駆り出されていた弱き者も、これには大賛成。


 私としても今現在では『兵農分離』と呼ばれているこの政策は大変素晴らしいものであると、天におわすステファノス様に今も尚、無限の賛辞を送り続けているくらいです。


 その結果、それまで殺伐としていた魔族領には文明開化が訪れました。


 戦闘に特化した魔王軍に所属する強き者は、戦時下における戦力として魔王指示の下絶対的な命令順守の義務が課せられ、厳格な規律が敷かれた一方、魔王軍に所属している限りにおいては生活に困る事のないだけの給金が支払われる事になりました。


 そして、それまで搾取され続ける一方だった弱小魔族達は解放されて、一部の専横な強き者どもが仕切っていた事業に取り組めるようになった。


 それまで農地を持たなかった者には農地が割譲され、戦闘力はほぼ皆無に等しいものの、知力に長けていた種族は、その持ち前の頭脳を生かして商売を拡大していった。


 禍根が全て絶たれたとは言えませんが、それでも、かつて弱肉強食の法則にのみ従っていきてきた魔族は、今では互いに互いのやるべき事に従事するよき協力関係を構築するに至っている。


 市井では弱肉強食などと言う古き言葉は、もはや死語として笑われるありさまであり、今では多様性なる言葉が流行っているとか、なんとか。


 だが、先にも述べた通り魔王軍は別だ。


「貴様程度、今ここで消し炭に変えても構わんのだぞ」


 軍において上下関係は絶対だ。

 

「ひょひょうひわけごひゃいまへんくいんひゃまああ!!」

 

 そして、魔王軍における上下関係は人類のように複雑で面倒くさいものではない。


「ふんっ……」


 顔を掴まれて地面から持ち上げられた男は、涙と鼻水を垂らしながら必死になって何かを述べており、見るとズボンが少し湿っていた。


 それを見た俺は鼻息を一つ吐きだすと、ボールを投げるようにして男を廊下の端まで投げ飛ばす事にした。


「──魔王様は今現在トイレ中です。必要な事は私からお伝えいたしますので、どうかお引き取りを」


 魔王軍の上限関係はシンプルだ。


 強い者が上に立つ、それだけなのだから。


 この私、クイン=アドウェルサは魔王様お付きの秘書であり、魔王様を頂点とする魔王軍において魔王様の次の実力者──ナンバー2の立場として、代々の魔王様にお仕えしている男である。

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