五
翌年の夏、祖父の初盆と一周忌のために母の実家に向かった。母は私服を着て出るように言ってきたが、法事に出られるような私服を買ってくれるわけもなく私は通っている高校の制服を持ってきた。
ホテルを出るとやっぱりまーくんがいた。まーくんはますますカッコよくなっていた。
「まーくん」
「さーちゃん、それ制服?」
眩しそうに目を細めて私を見るまーくんにくるりと回って夏服姿を見せた。
「似合ってる?」
「……、うん、似合ってる……、とても」
口元を手で隠して顔を逸らしたまーくんの目元が赤い。意識してくれたのかな? なんか嬉しい。
「もう高校生か」
「……、うん」
改めて言われると照れてしまう。セラー服、白タイで可愛いでしょ、制服は。
「今日も神社と祠?」
「うん」
去年と同じようにまーくんと手を恋人繋ぎで歩く。恥ずかしいけど嬉しい。けど、これ以上期待してはいけない。何故だかそう思う。
祠に行って唖然とした。小さなコンクリートの祠はゴミで埋まっていた。ボロボロの自転車まで棄ててある。
「なに……、これ……」
「新しい住民たちが棄ててくみたい」
まーくんは困ったように眉を下げて言った。
私たちは出来るだけ祠の周りを綺麗にした。ゴミをどけて違う場所に移しただけだけど。ゴミ袋も持っていなかったから仕方がない。
「森の手入れの時に掃除しているみたいなんだけどね」
「罰が当たるよ」
「そうだね、小さくても神様なんだから」
まーくんはニッコリと笑った。
「そういえば、さーちゃん、神社や祠に何祈っているの?」
「いつもありがとう、て(まーくんに会わせてくれて)」
「願い事、してないの?」
「してるけど言わない(またまーくんに会えますように、とお願いしているなんて)」
ふーんと顔を覗き込んでくるまーくんから顔を逸らす。もろバレかもしれないけど言わないし言えない。恥ずかしくて。
「さーちゃん、ホテルの部屋は何階?」
まーくんの言葉に私はドキッとした。母と同室だからまーくんを部屋に誘えない。誘ってどうするの、私!
「さ、三階」
「なら、大丈夫かな。あそこまではいかないと思うから」
「?」
「さーちゃん、明日の夜は雨だから気をつけてね」
またね、とまーくんは私をホテルに送ると去って行った。私は綺麗な夕焼けを見ていた。明日の夜は雨なのかな? とのんきに思っていた。
母の兄の妻、伯父の奥さんが私の制服姿に凄く驚いていた。その人に学生証を見せて通っている高校を説明しなければいけないほど問い詰められた。どうやら母は学費がむちゃくちゃ高い私立高校に私が進学したことにしていたらしい。相続した遺産を管理している法律事務所の人を誑し込んでその学費として結構な額を騙しとっていたことが分かった。
母は警察に通報され連れていかれた。弁護士さんの話だと母は確実に私の親権を取り上げられ、私との接見も禁止されるかもしれないと。それらもろもろの話もあり、数日泊まるように言われた。もちろん宿泊場所は変わらない。追加のホテル代は出してくれるらしい。食事代もほしいけど。
そんなバタバタがあったが祖父の初盆と一周忌の法要は無事終わり、私は一人ホテルに戻った。母はもちろん留置場だ。
お風呂から出てゆっくりしていた時だった。急に外が明るくなり凄い音がした。
雷だ。光ってすぐに音が鳴ったから近くに落ちた。それから轟音が聞こえた。雨が振りだしたみたいで窓に打ち付ける音がすっごくうるさい。ゲリラ豪雨?
こんな時、どうするんだった?
もし避難になったら?
あっ! 荷物まとめてすぐ出れるようにしないと。
パタパタと荷物を纏める。母の分も母の鞄に適当にほおりこむ。
それと懐中電灯。部屋に備え付けがあるはずだから。
光る稲光に耳を塞ぎたくなる雷に負けないくらいの雨音。
鏡に映った姿を見て真っ青になった。ホテルの浴衣! こんな格好で避難出来ない。すぐに着替えなきゃ。
電話が鳴って、ホテルの人から下の階に行かないように言われた。停電するかも知れないから、水と懐中電灯を手元にも、と。下の階の人が上の階に避難してきたみたいで廊下が騒がしい。避難が必要になるようだったら、連絡がくるからベッドの上で膝を抱えてじっとしていた。靴はいつでも履けるようにしてある。
テレビをつけてもカーテンをしていても分かる稲光と轟音で何を言っているのか分からない。
私は不安で不安で堪らなかった。
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