EP 9
『山賊大軍勢のカチコミと、重火器の罠』
その日の夜気は、異様なほどに冷え込んでいた。
ポポロ村の境界、東の開墾地へと続く木造の関所。見張りの松明が風に煽られ、赤黒い影を不気味に蠢かせている。
「……静かすぎるな」
パカラン、パカランと硬質な蹄の音を響かせ、マンミアが柵の周囲を巡回していた。
白銀の胸甲に身を包み、左腕にはパイルバンカー式刺突型大型シールド『アグニ』を装着。腰には超硬度分銅付きミスリル鎖『メビウス』が巻き付けられている。
元・帝国辺境騎士団長としての研ぎ澄まされた直感が、大気の中に混ざり合う油と硝煙、そして生々しい血の気配を捉えていた。
あの日、一鬼によって素手とスコップで叩きのめされた斥候の三人組。
彼らが属する山賊連合『黒蜘蛛団』は、近隣の山岳地帯に巣食う、総勢百人を超える大規模な武装強盗集団だ。先遣隊が手ひどくやられたとなれば、メンツを重んじる無法者たちが黙っているはずがなかった。
――ヒュルルルルル……ッ!
突如、夜空を引き裂くような甲高い風切り音が響いた。
直後、関所の木柵の真上へ、赤紫色の魔力光を放つ照明弾が打ち上がった。
カッ!と真昼のように照らし出された草原の奥。
鬱蒼とした森林の境界線から、無数の影が雪崩を打って這い出してくる。
粗悪な革鎧や鉄板を継ぎ接ぎした凶悪な男たち。その数、優に五十を超える。
「野郎共ォ! あのナメた農村を焼き払えッ! 抵抗する豚共は皆殺しだァッ!!」
下卑た咆哮とともに、山賊連合が怒涛の勢いで押し寄せてきた。
手には長槍、大斧、そして魔導ボウガン。先頭を走るのは、かつて一鬼に顎を砕かれた刀傷の男と、その親分格と思われる筋骨隆々の巨漢だ。
「総員、迎撃態勢! 村の中に一歩たりとも踏み込ませるなッ!」
マンミアの凛とした号令が夜の静寂を破った。
柵の背後に控えていた自警団員――ドンガン製ミスリル戦闘服を着込んだ屈強な村人たちが、一斉に九九式魔導ライフルを構え、防壁の隙間から銃口を突き出す。
ズドォォン! バババババンッ!!
激しい銃声と閃光が夜の闇を切り裂く。
魔石薬莢から撃ち出された超音速の魔導弾が、先頭の山賊たちを薙ぎ倒していく。本来であれば、この正規軍顔負けの防衛射撃だけで、並の野盗など瞬時に壊滅するはずだった。
しかし――今夜の山賊共は、何かが違っていた。
「ケケッ! 撃ち込めェッ!!」
後方に控えていた山賊たちが、黒布を剥ぎ取った。
そこに据え付けられていたのは、無骨な黒鉄の砲身――闇ルートで密輸された、地下帝国ドンガン製の『盗品・魔導誘導バズーカ』だった。
「なっ……!? なぜ奴らが重火器を……!?」
マンミアが目を見開いた刹那、バズーカの砲口から青白い熱線弾が唸りを上げて射出された。
ズガァァァァァンッ!!
強固だったはずの木柵と土嚢が、猛烈な爆炎とともに吹き飛ぶ。
爆風に巻き込まれた自警団員たちが四方へ跳ね飛ばされ、防衛ラインに致命的な大穴が空いた。
「ハハハァ! これぞ金貨百枚で仕入れた軍用兵器の威力よ! 突撃ィッ!!」
煙を突き破り、三十人以上の山賊が一気に関所内部へと雪崩れ込んでくる。
自警団の陣形は崩壊し、負傷者の救護で手一杯となっていた。
「くっ……これ以上は通さんッ!」
マンミアは単身、前足の蹄で大地を蹴り上げた。
ケンタウロス特有の桁外れの推進力。巨躯が風を巻き起こしながら敵陣のど真ん中へと突進する。
「『メビウス』ッ!!」
腰から引き抜かれたミスリル鎖が、夜空に銀の軌跡を描いて踊った。
先端の超硬度分銅が、先頭の山賊三人の胸板を正確に粉砕し、そのまま鎖が五人の胴体を雁字搦めに巻き取る。
「どきなさいッ!!」
マンミアは腰を捻り、怪力に任せて鎖を力任せに振り回した。捕縛された山賊たちが人間ハンマーと化し、後続の群れをまとめて薙ぎ倒す。
さらに、至近距離から切りかかってきた大斧の男に対し、左腕の巨大シールド『アグニ』を真っ向から叩きつけた。
ガギィィィンッ!
「アグニ、点火ッ!!」
ガショォン!とシールド中央の杭が後退し、炸薬が臨界爆発を起こす。
――ドゴォォォンッ!!
猛烈な衝撃とともに打ち出された極太の鋼鉄杭が、大斧ごと男の胸当てを貫通。男の巨体は背後の岩壁まで弾き飛ばされ、そのまま沈黙した。
凄まじい武勇。さすがは元・帝国騎士団長の名に恥じぬ獅子奮迅の働きだった。
だが――彼女の奮闘すらも、山賊たちの周到な罠の内側に過ぎなかった。
「……捕まえたぜ、駄馬女」
嗤い声が響いた。
気がつけば、マンミアは周囲を十数人の山賊に取り囲まれていた。
しかも、彼女が踏み込んだ足元の草むらに、不気味に赤く明滅する魔導回路が敷設されている――『指向性マナ地雷』の包囲網だった。
「しまっ……!?」
足を動かせば地雷が起爆する。
自慢の四肢の機動力を、完全に封じられた。
「へっへっへ! いくら強くても、馬の図体じゃ小回りが利かねぇよなぁ!」
「頭! コイツの四肢をもいで、見せしめに広場に吊るしてやりましょうぜ!」
下卑た歓声を上げながら、山賊たちが一斉に間合いを詰めてくる。
さらに最悪なことに、後方の小高い丘の上で、再びあの魔導バズーカが持ち上げられていた。
黒く冷たい砲口が、完全に身動きの取れないマンミアの無防備な背中へと、狂いなくロックオンされる。
「死ねや、賞味期限切れの元騎士サマよォッ!!」
砲身内の魔導回路が臨界点に達し、青白い熱線がチャージされていく。
距離はわずか三十メートル。直撃すれば、アグニの盾があろうと背後からの砲撃は防げない。消し炭になる未来が、マンミアの脳裏を過った。
(ここまで、なのか……? 私は……村を守ることも、誰かの妻になる夢も叶えられずに……こんな泥溝の中で、果てるのか……ッ!?)
二十五歳、未婚。
無念と絶望に、マンミアの瞳から一筋の涙が零れ落ちそうになった――その時だった。
ザッ……。
砲声と怒号が渦巻く戦場に、およそ不釣り合いなほど静かな、衣擦れの音が響いた。
突風が吹き抜け、立ち込めていた黒煙が真っ二つに裂ける。
地雷原の縁、マンミアの背後とバズーカの射線上のちょうど中間点。
そこに、いつの間にか一人の男が立っていた。
ダボついた黒のニッカポッカに、純白の晒。
足元は泥にまみれた地下足袋。
首には手拭いを巻き、左の腰には――昼間、ネギオの工房から買い取ったばかりの、無骨な一本の打刀(ポン刀)が差されていた。
「……あ」
マンミアの息が止まった。
背後から現れた男の横顔は、夜の闇よりも深く、静まり返っていた。
「おいおい、なんだァあの野郎は!?」
「昼間の土方じゃねぇか! 死にてぇのかオラァッ!!」
山賊たちの怒号が飛び交う中、丘の上のバズーカ射手が引き金を絞り切った。
「まとめて消し炭になりやがれェェェッ!!」
ドォォォォンッ!!
夜の闇を白銀に変えるほどの閃光とともに、超高圧の熱線弾が放たれた。
大気を焼き焦がし、地面を削り取りながら、音速を超えて迫り来る死の光条。
対する一鬼は、逃げなかった。
身構えることすら、遅れて見えた。
ただ静かに、左手の親指を鍔の角へと添えた。
――チャキッ。
澄み渡るような硬質な金属音が、砲声の轟く戦場に、なぜか凛と響き渡った。
鯉口が切られ、漆黒の刃が三寸、月光の下へと姿を現す。
「……おい、お嬢さん」
迫り来る破壊の光条を背にして、一鬼は穏やかな、どこか呆れたような声で言った。
「三十五年の懲役に比べりゃあ……二十五なんてなぁ、まだまだ青い小娘の歳だ。……命を粗末にするんじゃねぇよ」
男の右手が、静かに柄へと吸い付いた。
昭和の極道、高島一鬼。
その背中の不動明王が、ついに怒りの炎を噴き上げようとしていた。
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