EP 5
『神界大生配信「本職の仁義なき防衛戦」』
地上で死蟲将軍機が轟音とともに崩れ落ち、土煙を巻き上げていたその瞬間。
戦場の上空数百メートル、肉眼では決して捉えられない亜空間の隙間に、一機の奇妙な機械がふわりと浮かんでいた。
ドンガン地下帝国製の高解像度魔導ステルスドローン。
そのレンズの先は、地上で無造作にポン刀を納刀し、首の手拭いで額を拭う一鬼の姿を、寸分の狂いもなく四K画質でロックオンしていた。
そして――その映像を受信していたのは、ポポロ・コーポの女子棟(B棟)一階、一〇三号室だった。
「キタキタキタァァァッ! 決まったぁぁぁぁっ! 今の浸透掌底、神アングルで抜けたわよラスティア!!」
畳の上で小豆色の芋ジャージをはだけさせ、缶ビールを片手に絶叫したのは、世界神ルチアナだった。
ちゃぶ台の上には、ルチアナの私物である『エンジェルすまーとふぉん』が鎮座し、宙に展開された超巨大な魔導ホログラムモニターが青白く発光している。
画面の右上には、全宇宙規模の動画配信プラットフォーム『GodTube』の赤いロゴ。
そして、リアルタイムで激しく回転する接続者数カウンターには、目を疑うような桁の数字が躍り出ていた。
【配信タイトル:【ガチ神回】元ヤクザ(懲役35年)が異世界で本職の仁義通してみた件〜死蟲軍の巨神を生身の峰打ちで沈める無加工ノーカット生配信〜】
【同時接続者数:48,920,110人】
「ちょ、ルチアナ! 同接五千万人突破したんだけど!? サーバー落ちるわよこれ!」
隣でポテトチップスを抱えていた真魔王ラスティアが、銀髪を振り乱してスマホの画面を連打する。
「ちょっと待って、コメントの流れる速度が光速超えてて全然読めない! 天界の第三回線が過負荷で火を噴きそうなんだけど!!」
画面の横を埋め尽くすコメント欄は、もはや濁流どころか超新星爆発の様相を呈していた。
『うおおおおおおおおっ!? 刀の腹で受け流したぞ今!?』
『ミスリル装甲を外側から一切傷つけずに内部核だけ破壊したんだが!?』
『魔力ゼロ!? 闘気ゼロ!? どうなってんだこの地球人!?』
『これが……これが失われし東方の暗黒街の武術なのか……!』
『作業着に地下足袋ってのが渋すぎる、衣装スキンどこで売ってんだよ!』
『【戦神アレスが赤スパ(神貨100万G)を投げました】:見事だ! これぞ我が求めていた真の武! 弟子入りを所望する!』
『【商業神ヘルメスが赤スパ(神貨50万G)を投げました】:あのニッカポッカの型番を教えろ、神界で量産して売り捌く!』
画面を埋め尽くす極彩色のスーパーチャット(信仰投銭)の嵐。
ドバドバと注ぎ込まれる天文学的な神貨の奔流に、ルチアナのクレカ限度額(九十万円使用済みで先週から利用停止中)の警告アラートが、一瞬で「全額完済・残高上限突破」のファンファーレへと切り替わった。
「やったぁぁぁぁっ!! 借金チャラどころか億万長者よぉぉぉっ!! イチキ最高! やっぱ本職の貫禄は天界の退屈な神どもにブッ刺さると思ったのよぉぉぉっ!!」
ルチアナがビールを両手に掲げて歓喜の奇声を上げた、その時だった。
画面の右下に、緊急割り込みのウインドウがドカンと割り込んできた。
薄暗い和室のような空間。壁には金文字で『誠魂』と書かれた掛け軸。黒漆塗りのデスクの向こうで、完璧な仕立てのジョルジオ・アルマーニのスリーピーススーツを着込んだ黒髪の美青年――ダンジョン更生監獄に服役中の邪神デュアダロスが、涙と鼻水を垂らしながら画面に顔を押し付けていた。
『兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!』
トカレフを放り出し、画面越しに額をデスクにガンガン叩きつけるデュアダロス。
『見ろや全宇宙の腐れ神どもがァッ!! あれが俺の親分、高島一鬼の兄貴の太刀筋じゃボケェッ!! 無駄な殺生は一切なし! 道具の急所を盗み、相手の力をいなし、柄頭一発で落とし前をつけさせる! これぞ昭和の極道の真髄! 筋の通り方が宇宙一なんじゃいッ!!』
『【邪神デュアダロスが虹スパ(更生監獄特権枠・神貨500万G)を投げました】:兄貴の畑の肥料代に使ってくださいッ!!』
「デュアダロスあんた囚人の分際で何スパチャしてんのよ! 監獄のWi-Fi制限はどうしたのよ!」
『うるせぇルチアナの尼公! 看守長の弱み握ってテザリングさせとるんじゃい! おい、兄貴のアングルをもっと寄越せ! あの納刀の瞬間の親指の反り、あれを三千回スロー再生して目に焼き付けんと今夜は眠れんのじゃッ!!』
さらに、画面の上部からピロリロリンと無骨な通信音が鳴り響く。
現れたのは、頭頂部から眩いばかりの後光を放ち、胃薬の瓶を握りしめた中年男神――星区統括リーダーのオリンだった。
『る、ルチアナ君……! これは……これは一体どういうことかね……!?』
「あ、ハゲ管理職。何よ、また『神格公務員の品位が〜』とか説教する気? こちとら同接五千万のトップ配信者よ!」
『ち、違う! 説教などではない!』
オリンは涙を流しながら、手元の端末のグラフを掲げた。
『アナステシア星区の月間PVランキングが……全宇宙星区の中で、一気にトップに躍り出たのだ! GOD本社の中央監査委員会からも【前例のない革新的な文化振興事例】として、特別表彰の通達が下りてきた! 胃が……私の胃が、今夜は全く痛まないのだよルチアナ君……ッ!(ボリッ、ボリボリッ)』
「習慣で胃薬噛むのやめなさいよ! もう治ってんでしょ!」
画面の向こうでは、全宇宙の神々が熱狂の坩堝と化していた。
退屈な神界の連中にとって、チート能力を振りかざしてイキり倒す転生者の映像など、何万回も見飽きたコンテンツに過ぎない。
だが、一鬼のそれは違った。
魔法も闘気も持たぬ生身の肉体。三十五年の服役生活という重すぎる業。泥まみれの作業着を纏い、ただ「自分の手で耕した畑と仲間を守る」という素朴な仁義のためだけに、超常の生体兵器を峰打ちで解体する男の背中。
その圧倒的なリアリティと美学に、全宇宙が完全にノックアウトされていたのだ。
地上では、そんな天界の狂騒など露知らず。
一鬼は倒れ伏した巨神の装甲の上に立ち、ふぅ、と静かに息を整えていた。
「……イチキさん!」
駆け寄ってきたキャルルが、ルビー色の瞳を潤ませながら一鬼を見上げる。
その長い純白の兎耳は、相変わらず一鬼の胸元へ向けられていた。
巨神を沈め、戦場を制圧した直後だというのに――耳に届く心音は、やはり【毎分五十拍】の完全な凪。
「怪我……ない? 痛いところとか、ない……?」
「へぇ。かすり傷ひとつありやせんよ。……お嬢さんたちの援護が完璧でしたからな」
一鬼が穏やかに微笑むと、キャルルは胸をギュッと押さえ、耳を赤く染めて身悶えした。
(もう……本当に、どこまで格好いいの……! 神様でも何でもいい、この人を私から奪おうとする奴がいたら、絶対に許さないんだから……♡)
ヤンデレの独占欲をますます煮えたぎらせる村長。
その横で、マンミアが鋭い眼光を街道の彼方へと向けた。
「イチキ殿! 油断は禁物です! 敵の首魁――ダントンの馬車が、残兵を見捨てて街道沿いを逃亡しております!」
「……逃がすかいな、あのクソ成金が」
ニャングルが煙管を噛み、金算盤をシャッと構える。
だが、一鬼は慌てることなく、ゆっくりとあぜ道へ降り立った。
「慌てるこたぁありやせんよ。……シマを踏み荒らした落とし前は、逃げた先まで追いかけて、キッチリと耳を揃えて払ってもらいまさぁ」
夜の闇の中、元極道の静かな進軍は、いまだ終わってはいなかった。




