EP 4
『死蟲将軍機の強襲と、剛の峰打ち』
ズズズズズズ……ッ!!
湿った黒土を軋ませ、地鳴りとともに森の巨木がへし折られる。
夜霧を切り裂いて姿を現したのは、先ほどのネクロアントやネクロマンティスとは次元を異にする、漆黒の巨大な鋼鉄塊だった。
全高およそ四メートル。
複数の死蟲機のパーツを無理やり接合し、悪魔合体させたかのような異形の合成巨神――『死蟲将軍機』。
その胸部装甲は、ドンガン製の重戦車を彷彿とさせる多層ミスリル複合装甲板で覆われ、背面には三基の魔導バーニアが轟音とともに青白い排気煙を吐き出している。左右の腕部には、大木ほどもある太い高周波振動ブレードが装着され、その刃先は空気を裂くたびにキチキチと耳障りな超音波を撒き散らしていた。
「ギ……ガガガガ……! 殲滅……対象……確認……!」
不気味な合成音声が、夜の帳を震わせる。
その赤黒く発光する三対の複眼が捉えたのは、先頭に佇む一鬼の姿だった。
「ひ、退けッ! 退くんだ、イチキ殿!」
マンミアが叫び、左腕のアグニを構え直す。
「あれは旧大戦末期に禁忌とされた、都市攻略用の生体自立要塞だ! 魔導核が四基並列で稼働している! 通常兵器どころか、並の戦術級魔法すら表面で弾かれるぞ!」
「チッ、面倒なブリキ野郎が這い出てきやがったな」
フェンリルが舌打ちし、氷気の牙を剥く。デュークもまた、咥えていたポポロシガーを噛み潰し、胸郭に黄金の神火を再び灯そうとした。
だが――。
「手前ら、待ちなせぇ」
低く、どこまでも落ち着いた声が、神獣たちの闘気を押し留めた。
一鬼だった。
ダボついた黒のニッカポッカの膝を払い、手拭いで首筋の汗を拭いながら、のっしのっしとあぜ道の中央へ進み出る。
「オッサン、何言ってんだ!? あんなデカ物、いくらあんたの技でも――」
「フェンリルの兄ちゃん。……背中を守ってもらった礼は、もう十分いただきやした」
一鬼は静かに振り返り、仲間たちへ薄く笑いかけた。
その双眸の奥には、三十五年の服役生活で培われた、何者にも揺らがぬ『不動の覚悟』が宿っていた。
「ここから先は、俺の個人的な落とし前でさぁ。……この村の土を踏み荒らし、カタギの長屋の平穏を脅かそうってんなら、俺がこの手で引導を渡さなきゃ、仁義が立たねぇ」
「イチキさん……」
キャルルが息を呑む。
長い兎耳を澄ませば、目の前の巨神が放つ凄まじい魔導圧力の嵐の中でも――一鬼の心音は、やはり【毎分五十拍】の完全な凪を刻んでいた。
恐れも、焦りも、驕りもない。
ただ目の前にある理不尽に対し、己の全存在を賭けて筋を通すという、極限の静寂。
「ギガァッ!! 排除ォォッ!!」
ネクロジェネラルの背部バーニアが爆音を轟かせた。
数トンの鉄塊が、音速に近い突進力で大地を抉りながら突っ込んでくる。
右腕の巨大な高周波ブレードが振り上げられた。空気が圧縮され、直撃せずとも周囲の木々を薙ぎ倒すほどの真空の刃が一鬼の頭上へと迫る。
――ヒュン。
一鬼は逃げなかった。
右足の地下足袋を半歩だけ引き、左手を白木の鞘へ添える。
北辰一刀流・奥義――『星砕き(打突の極意)』。
振り下ろされる巨刃の速度は、常人の動体視力では捉えられない。
だが、一鬼の網膜には、その軌道がまるで止まった水のように克明に映し出されていた。
刀を抜き放つ。
しかし、それは敵の刃を迎え撃つ斬撃ではなかった。
キィィィンッ!
澄んだ甲高い金属音が夜空に響いた。
一鬼の打刀の『鎬』が、巨刃の側面――威力が最も集中する刃先ではなく、力のベクトルが逃げる根元の腹へ、角度わずか十五度の傾斜で吸い付くように接触したのだ。
受け止めるのではない。
ただ、受け流す(いなす)。
北辰一刀流の極意、円の理合。数トンの質量と超音速の突進力が、一鬼の刀身の傾きひとつによって、わずかに右へ軌道を狂わされた。
ズドォォォォンッ!!
巨刃が一鬼の右脇、わずか数センチの地面を直撃し、深さ二メートルのクレーターを穿つ。
空振りの余波で突風が巻き起こるが、一鬼の黒いニッカポッカの裾が激しく翻っただけで、その肉体はミリ単位の揺らぎすら見せなかった。
「ギ……ガ……!? 軌道……逸脱……!?」
体勢を崩し、巨神の胸元――四基の魔導核が埋め込まれた多層ミスリル装甲が、無防備に一鬼の眼前へと晒された。
隙はコンマ数秒。装甲は依然として強固であり、生半可な刃など通るはずもない。
だが、一鬼の右手が捉えていたのは、刃ではなかった。
――カチリ。
一鬼は空中で刀身を半回転させると、柄を逆手に握り直した。
狙うは、外殻ではない。
分厚い装甲の奥深く、並列稼働する魔導回路の中心軸。
「……南無阿弥陀仏」
短く鋭い呼気とともに、一鬼の右手が突き出された。
北辰一刀流・組打ちの極致――『浸透掌底』を乗せた、柄頭の一撃。
手首のスナップではない。
足裏の摩擦、腰の回転、丹田の沈み込み、そして背中の筋肉の収縮――全身の運動エネルギーを一本の直線へと束ね、無骨な白木の柄頭の一点へと集約させる。
――ゴォォォンッ!!
響いたのは、金属が破壊される音ではなかった。
寺の巨大な梵鐘を、芯まで響く撞木で打ち鳴らしたかのような、重苦しく、どこまでも深い超重低音。
「…………!?」
ネクロジェネラルの複眼が、カッと見開かれた。
表面のミスリル装甲には、傷一つついていない。凹みすらできていなかった。
だが――一鬼の打撃によって生み出された高周波の衝撃波は、硬質な装甲をそのまま伝導体として透過し、内部の機械構造へと直接炸裂していた。
バチバチバチッ!! ドシュゥゥゥッ!!
巨神の背面の排気口から、黒煙と火花が一斉に噴き上がった。
内部で並列稼働していた四基の魔導核が、浸透衝撃によって術式回路を完全に粉砕され、連鎖的に過負荷を起こしたのだ。
「ギ……ギガ……機能……停止……エラ……ー……」
合成音声が途切れ途切れになり、赤黒い複眼の光がぷつりと消え失せた。
全高四メートルの鋼鉄の巨神が、糸の切れた操り人形のようにガクンと膝をつき、そのまま前のめりに、一鬼の足元へと地響きを立てて崩れ落ちた。
ドォォォン……!
土煙が舞い上がり、夜風にさらわれて消えていく。
巨神の沈黙した装甲の上に片足を乗せ、一鬼は静かに右腕を振るった。
刃には血も油も付いていない。だが、三十五年間染み付いた血振りの所作。
そして、滑るように刃を鞘へと納める。
――カチッ。
澄み渡る鍔鳴りの音が、静まり返った戦場に凛と響き渡った。
残心。完璧な静寂が、そこに完成していた。
「…………嘘だろ」
後方で見ていたヒエンが、担いでいた大鎚を落としそうになりながら呟いた。
外装の装甲を破らずに、打撃の衝撃だけを内部へ通して核を粉砕する神業。
鍛冶屋として金属の性質を知り尽くしているからこそ、それがどれほど人外の領域に達した技術か、痛いほど理解できた。
「ミスリル装甲を叩き割るんじゃなく……『音』を通すように、中の心臓だけを叩き潰したってのか……!? あのオッサン、本当にただの人間なのかよ……!」
「……フン。驚嘆を通り越して、もはや計算不能だな」
ネギオが紫煙を吐き出しながら、震える手で眼鏡を直した。
「剛の峰打ち、か。破壊を目的とせず、機能を停止させるためだけに極限まで純化された物理衝撃。敵ながら見事としか言いようがない」
「す、すごい……」
キャルルは両手を胸の前で固く握りしめ、恍惚とした眼差しで一鬼の背中を見つめていた。
誰一人殺さず、強大な生体兵器すら無力化してしまったその姿。
(やっぱり……私の見込んだ人だ……。こんな格好いい男の人、絶対に、絶対に手放さない……!)
彼女のルビー色の瞳の奥で、ヤンデレの炎が限界突破の輝きを放っていた。
一方――。
戦場の最奥、木立の陰からこの光景を目撃していた男がいた。
紫のベルベットスーツを泥まみれにした悪徳商人、ダントンだった。
「ひ……ヒィィィィィッ……!?」
ダントンの顔面から、完全に血の気が引いていた。
金貨数十万枚を投じ、闇ギルドと死蟲軍の残党をかき集めて送り込んだ必殺の軍勢。それが――たった数人の村人と、作業着を着た一人の元極道によって、文字通りの『ゴミ』のように片付けられてしまったのだ。
「ば、化け物共めぇぇぇっ! こんなところに居られるか! 退却だ、退却ゥゥッ!!」
ダントンは残った護衛を見捨て、待機させていた四頭立ての魔導馬車へ転がるように飛び乗った。
だが、その逃亡を、天と地の者たちが見逃すはずもなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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